カスラ・ナジ、BBCペルシャ語特別特派員 (英語記事 2025年6月25日初出) イランの最高指導者アリ・ハメネイ師(86)は、イスラエルとの戦争中、イラン国内の秘密地下壕に約2週間、身を潜めていたとされる。だが、先に合意された停戦を機に、姿を現す可能性があるとみられている(編注:ハメネイ師は26日、イスラエルとの停戦が24日に合意されてから初めて公に演説し、アメリカはイランの核施設への攻撃で「何の目的も果たせなかった」と主張した)。 ハメネイ師は、イスラエルによる暗殺を警戒して外部との連絡を絶っているとされ、政府高官でさえ接触できていない状況が続いている。 今回の脆弱(ぜいじゃく)な停戦は、ドナルド・トランプ米大統領とカタールのタミム・ビン・ハマド・アル・サーニ首長によって仲介されたものだが、ハメネイ師は警戒した方がいい。トランプ大統領がイスラエルに対しハメネイ師を殺害しないよう伝えたとされる一方で、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はその可能性を否定していないからだ。 ハメネイ師が地下から姿を現した際に目にするのは、死と破壊の光景だ。それでも国営テレビに登場して勝利を主張し、イメージ回復を図る。しかし、ハメネイ師を待ち受けるのは新たな現実、あるいは新時代かもしれない。 今回の戦争によって、イランは著しく弱体化し、ハメネイ師自身の威信も低下した。 ■政権上層部からも異議の声 この戦争の間、イスラエルは迅速にイランの空域の大半を掌握し、軍事インフラを攻撃した。イラン革命防衛隊(IRGC)や陸軍の幹部らは次々と殺害された。 イラン軍への被害の全容は依然として不明で、見解も分かれている。それでも、IRGCと陸軍の基地や施設に対する度重なる空爆から、イランの軍事力が大きく損なわれた可能性がうかがえる。イランは長年、国の資源の膨大な部分を、軍事化に費やしてきた。 また、アメリカや国際社会からの、20年近くに及ぶ制裁の原因となったイランの核関連施設も、空爆によって損傷を受けたとされている。これらの施設には数千億ドル規模の費用が投じられてきた。だが、こちらも被害の全容は把握が困難だ。 こうした投資の何もかも、一体何のためだったのかと、大勢が疑問を抱いている。 ハメネイ師は1989年に最高指導者に就任した。そして多くの国民は、ハメネイ師がイスラエルおよびアメリカとの対立路線を推し進めた結果、最終的に国家と国民に甚大な被害をもたらしたのだと、その責任をハメネイ師個人のものと見なすだろう。 多くのイラン国民は、イスラエルの破壊というイデオロギー的な目標をハメネイ師が追求したことを非難するだろう。国民の多くは、イスラエル破壊という目標を支持していない。国民の多くはさらに、核保有国になれば自分の体制は無敵になるというハメネイ師の信念を愚行と見なしているので、その点も非難するだろう。 長年の制裁はイラン経済に大打撃を与え、かつて有数の石油輸出国だった国は、貧困と困窮にあえぐことになった。 米ハーヴァード大学の客員研究員、リナ・ハティブ教授は、「このような深刻な圧力の下で、イラン体制がどれほど長く持ちこたえられるのか、推定は難しいが、これは終わりの始まりのように見える」と述べた。 「アリ・ハメネイは、(イラン・)イスラム共和国の『最高指導者』という肩書を、その額面通りの意味で担っていた、最後の人物になる可能性が高い」 政権上層部からも、不満の声がかすかにだが聞こえてはいた。今回の戦争が最高潮に達した時点でイランの準国営通信社の一つは、聖地コムに拠点を置く宗教指導者たちに対し、一部の元高官らが、指導部交代を促すよう働きかけていると報じた。これらの宗教指導者は、最高指導者「アヤトーラー」とは一線を画す人たちだ。 英セント・アンドリューズ大学イラン研究所を創設したアリ・アンサリ教授は、「いずれ清算の時が来る」と述べた。 「指導部内に大きな意見対立があるのは明らかだ。一般市民の間にも大きな不満が渦巻いている」 ■「怒りとフラストレーションが根を下ろす」 この2週間というもの、多くのイラン国民が「祖国を守りたい」という思いと、「体制への深い憎しみ」との間で葛藤していた。多くの人は体制擁護のためではなく、互いを支え合うために団結した。大勢が幅広く連帯し結束した話が、各地から出ている。 地方の町や村では、都市部での空爆を逃れてきた人々に対し、住民が自宅を開放した。商店主は生活必需品を通常より安く提供し、近隣住民は互いの家を訪ねては、何か必要なものはないか尋ね合ったという。 一方で多くの人は、イスラエルがイランにおける体制転換を狙っている可能性があることも認識していた。体制転換は多くのイラン人が望んでいることだ。だが、外国勢力に仕組まれ、押し付けられる形での転換には、一線を引いているかもしれない。 世界有数の長期独裁政権を率いてきたハメネイ師は、約40年にわたる統治の中で、国内のあらゆる反対勢力を排除してきた。野党の政治指導者は投獄されるか、国外に逃れている。そして国外の反体制勢力は、体制に対抗するためのまとまった姿勢を打ち出せずにいる。 反体制派はまた、国内で政権交代の機会が訪れた事態に備えて、何かしらの態勢を整えておくことも、できずにいる。 そして、戦いが果てしなく続くなら体制崩壊の可能性もあったとされていたこの2週間というもの、多くの人は「停戦後」について次のように考えていた。停戦後のイランに待ち受けるのは反体制派による政権掌握ではなく、カオスと無法状態に陥った国だろうと。 前出のハティブ教授は、「イランの独裁政権が国内の反体制運動によってに倒される可能性は低い。政権は国内では依然として強固で、反対意見を抑え込むために弾圧をさらに強化するはずだ」と述べた。 イラン国民は今、政権による弾圧強化を恐れている。イスラエルとの戦争が始まって以降の2週間で、少なくとも6人がイスラエルへのスパイ行為の罪で処刑された。当局は、この容疑で約700人を逮捕したと発表している。 一人のイラン人女性はBBCペルシャ語に対し、戦争による死や破壊よりも恐ろしいのは、傷つき屈辱を受けた政権が、その怒りを国民に向けることだと話した。 先述のアンサリ教授も、「独裁政権が日用品や基本的なサービスを供給できなくなれば、国民の怒りと不満はさらに高まる」と指摘。「これは段階的なプロセスだと、私は見ている。政府に対抗する動きは、爆撃が終わってからかなりたたないと、一般国民の間には広く根付かないと思う」と話した。 23日に仲介されたばかりの停戦が長続きするとは、イラン国内でもほとんどの人が考えていない。そして、イスラエルがイラン領空に対する軍事的優位を確立した今、イスラエルはこれでおしまいにはしないはずだと、大勢がそう考えている。 ■イランの弾道ミサイル発射施設 今回の戦争で破壊を免れた軍事施設の一つが、イランの弾道ミサイル発射施設だとされている。この施設は、イラン各地の山岳地帯の地下トンネルに設置されており、イスラエルは位置の特定に苦戦したという。 イスラエル国防軍(IDF)のエヤル・ザミル参謀総長は開戦時、「イランは約2500発の地対地ミサイルを保有していた」と述べた。イランが発射したミサイルは、イスラエル国内に相当の死傷者と破壊をもたらした。 イスラエルは、イラン側にまだ1500発程度のミサイルが残っている可能性に、強い懸念を抱くはずだ。 また、テルアヴィヴや米首都ワシントン、その他の西側および中東地域の首都では、イランが核兵器の製造を急ぐ可能性についても、深刻な懸念が広がっている。イラン政府はこれまで一貫して核兵器の開発を否定している。 イスラエルおよびアメリカによる空爆で、イランの核関連施設はほぼ確実に後退を余儀なくされ、無力化された可能性もある。しかしイラン政府は、高濃縮ウランの備蓄を事前に、安全な秘密の場所に移し終えていたと主張している。 複数の専門家によると、イランが備蓄する濃度60%の濃縮ウランは、濃度を90%まで引き上げれば比較的簡単に核兵器級となり、約9発分の核爆弾を製造可能な量に相当する。戦争開始直前、イランは新しい秘密の濃縮施設を建設し、まもなく稼働予定だと発表していた。 イラン議会は先に、国連傘下の国際原子力機関(IAEA)との協力を大幅に縮小する法案を可決した。この法案はまだ最終承認を必要とするが、成立すればイランは核拡散防止条約(NPT)脱退まであと一歩ということになる。ハメネイ師を支持する強硬派は、イランが核兵器を製造するため、NPT脱退を求めている。 ハメネイ師は今、自分の体制がかろうじて生き延びたと確信しているかもしれない。しかし、86歳で健康状態も万全ではない中、自分に残された時間が限られていることを自覚しており、体制の継続性を確保するため、秩序ある権力移行を模索しているかもしれない。後継は高位の聖職者、あるいは評議会主導となる可能性もある。 いずれにせよ、最高指導者に忠誠を誓ってきた革命防衛隊の残る幹部らが、舞台裏で権力を握ろうと画策しているかもしれない。 (英語記事 When Iran's supreme leader emerges from hiding he will find a very different nation) ■ More from InDepth