【深層ルポ】トクリュウの虚像を撃つ…「香港マフィア、住吉会、チャイニーズ・ドラゴン同盟」の裏側

〈日本各地でさまざまな事件を引き起こす『匿名・流動型犯罪グループ(通称:トクリュウ)』。SNSなどを中心に、時には顔も知らない者同士が結びつき、犯罪を繰り返すーー。そんな現状を「液状化犯罪時代」と称するのは暴力団を中心に取材するフリーライターの鈴木智彦氏だ。その実態に、短期集中連載で迫る〉 ◆「半グレ、ヤクザ、香港マフィアの同盟」という発表 6月9日、警視庁暴力団対策課は暴力団関係者ら5人の逮捕を発表した。田島和幸容疑者(53)と松木秀美容疑者(62)は現役の住吉会系幹部、白井宇太郎容疑者(53)と白井加次郎容疑者(51)の兄弟は準暴力団の『チャイニーズ・ドラゴン』幹部、陳華雄容疑者(46)は同じくチャイニーズ・ドラゴン関係者とアナウンスされている。 容疑は’23年3月中旬、暴力団の属性を隠して山梨県のホテルに宿泊、ホテルのレストランを貸し切って利用した詐欺罪である。別の事件で逮捕されたチャイニーズ・ドラゴン関係者のスマートフォンを解析したところ、端末に写真や動画があったため発覚したという。 会場となったレストランでは住吉会組員に加え、香港マフィアである『14K』メンバーら約30名が参集し、同盟関係を結ぶための「盃事」を行っていたとされる。日本の暴力団と香港マフィアが連携し、その間を取り持ったのが、通称・残留孤児マフィアと呼ばれるチャイニーズ・ドラゴンという構図だ。 日中の裏社会が国境を越えて連携したという見立ては、盛りだくさんで派手に見えるが、このニュースには奇妙な点がいくつもある。 まず、なぜ暴力団がホテルを利用し、宿泊したのか不可解だ。 暴力団排除条例以降、警察の指導もあって、ホテルの約款には暴力団関係者の宿泊を拒否する条項が盛り込まれている。偽名を使わずとも、暴力団と申告せずにホテルを利用すると、それだけで詐欺罪となるのは暴力団社会で広く周知されている。幹部クラスはホテルを使わないのが常識だ。暴力団の属性を隠してレストランを貸し切ることも極めてリスキーで考えにくい。 盃事の際、かつてはホテルや料亭を借りたが、暴排条例以降はたとえ会場が手狭でも、自前のビルや会館、組事務所で執り行われるようになった。民間施設を貸し切って、内密に行われた盃事など聞いたことがない。盃事のセレモニーには祭壇や供物、三宝や盃、鯛や日本酒、「書き上げ」と呼ばれる名札などあれこれ道具が必要になる。媒酌人は大声を張り上げるので、従業員に知られず執り行うのはほぼ不可能といっていい。 「このご時世、暴力団が利用していたと世間に知られれば厳しくコンプライアンスを問われる。親分とか、子分とか、物騒な言葉が飛び交うし、強面の男たちが秘密裏に集団で儀式をしていればそれだけで怪しい。従業員は必ず不穏に気付く。直接通報せずとも、会社の上司には報告するだろう」(警察関係者) 一部報道には、「暴力団員の身分を隠し、レストランなどを貸し切りにして盃事を行う組が最近、チラホラ出ているのは事実だ」という暴力団関係者の談話があったが、にわかには信じがたい。 この手の詐欺罪は警察にとって、極めておいしい犯罪だ。微罪ではあるものの、利用の事実さえ証明できれば簡単に有罪にできるので労力がかからない。加えて暴力団上層部の多くは、下部組員から吸い上げる上納金をシノギにしており、自身は犯罪に手を染めないが、迂闊な行動をとった幹部クラスを逮捕すれば警察内での評価にも繋がる。暴力団はみすみすトラップに絡め取られないよう、弁護士を呼んで勉強会まで開いている。そんな状況で飛んで火に入る夏の虫になるのは不自然だ。 取材をすると、奇妙な事実が浮かび上がった。どうやら逮捕された容疑者の中に、会場となったホテルの実質的なオーナーグループのメンバーがいるらしいのだ。事件の舞台となったホテルの土地建物や、所有者の法人登記を調べてもその名前はなかった。が、この容疑者を知る経営者は、複数の仲間たちと経営権を共同所有していると証言する。 「自分のルーツである福建省出身者たちと一緒に買った物件。コロナ中でもなんとかやりくりしていた」 もし自身の持ち物であるホテルなら、従業員に知られても口止めは容易である。最悪、警察に情報が漏れても、まさか逮捕されるとは思っていなかったのだろう。 ◆ドラゴンメンバーではなかった 逮捕者たちの属性も不明瞭である。暴力団はいまだ社会の中で堂々と看板を掲げており、彼らの所属は組織の名簿によって分かりやすく証明される。逮捕された住吉会関係者の1人は武闘派として知られる二次団体の総長だし、もう1人も幹部クラスで間違いない。 調べてみると、白井兄弟のチャイニーズ・ドラゴン幹部という肩書が事実誤認だと分かった。 「捕まった白井兄弟は2人とも残留孤児の2世。来日後、日本で帰化した。弟(白井加次郎容疑者)はまったく不良ではない。兄貴(白井宇太郎容疑者)と一緒に行動してるし、iPhoneの転売で騒ぎを起こして逮捕されたことがあるので、事情を知らない部外者からはそう見られているだけ」(同) 一方、兄の白井宇太郎容疑者は、残留孤児2世・3世の中でも、ワルとして知られている。彼は以前の事件でも、チャイニーズ・ドラゴンの幹部と報道されていた。だが、白井容疑者がドラゴンメンバーの「密接交際者」であっても、別系統の人間だという事実を警察が知らないはずはない。なにしろ知り合いの刑事に頼まれ、その尻ぬぐいで暴力事件を起こしたこともあったのだ。 ‘05年9月、JR宇都宮線の車内で上野署の刑事課長代理と一般男性が口論になった。2人は赤羽駅で下車したが、刑事はあろうことか白井容疑者に電話し、トラブル解決を頼んだのだ。解決の方法は拳だった。当然、暴力を振るえば逮捕される。当時の新聞を見ると、白井容疑者は「知人の会社役員」と報道されており、警察が彼の属性を正確に把握していることが窺える。 取材・文:鈴木智彦

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