ホラー映画『ヘレディタリー/継承』(2018)、『ミッドサマー ディレクターズカット版』(2019)、『ボーはおそれている』(2023) が日本初IMAXシアターで8月29日から特別上映される。野心的なアリ・アスター監督作品を追いかけているファンは多い。ホラーでありながらサイコ・スリラーの要素を多く含み、前述の作品群はビジュアルの斬新さ、悲しみ、トラウマ、そして人間心理の脆さを長いショットで見せつける。監督の新作『Eddington (原題)』は約5年前、全世界で起きたパンデミック下のアメリカ、ニューメキシコ州の架空の町エディントンが舞台。人々はマスクをする・しないで揉め、陰謀説がふつふつと、閉じ込められた空間の中で蔓延。そこには現在に続くアメリカの分断がある。そんな恐ろしい西部劇風サスペンス・ホラーに挑めるのはアリ・アスター監督しかいない。去る5月、カンヌ国際映画祭コンペでプレミア上映されて以来、賛否が分かれたこの映画。全米7月中旬、スーパーヒーローや恐竜映画で賑わう中で、あえてシネコンの小劇場に足を踏み入れたアリ・アスター映画ファンたち。主人公の立場に身を置いて、何かを模索する現在のイデオロギー難民アメリカ人の姿がある。このコラムでは、まだ日本で未公開の監督最新作の魅力を発信。 ・・・ MAGA「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」に至った米コロナ禍を風刺 ニューメキシコ州の架空の街エディントンは、アメリカの古き良き小さな街。誰もがお互いを知っていて、とくに、保安官(ホアキン・フェニックス)は誠実で、メンタルヘルスを患う妻を愛し、そしてエディントンの町の人に親身に接するやさしい保安官。しかし、パンデミックがはじまり、マスク着用や人と距離をおくルールには従えない。理由は本人がぜんそく持ちで、マスク着用が息苦しいこと。さらには、事態を十分理解できずに、この街エディントンにはコロナウィルスはまだ存在していないと主張するのだった。 そんな中、ホームレスの男がバーにマスクなしで現れ、営業を妨害。さらには、病気持ちの老人がマスクなしにスーパーに入ろうとすると、白い目で見られ、あげくは店員から買い物途中で追い出されるという始末。保安官は、老人のカート分を支払い、お代はいいからと、弱者をかばう人徳に溢れていた。一方で、マスクをせずにスーパーに入る保安官の姿は、市民の携帯で録画されソーシャルメディアで拡散される。因縁のある現知事テッド・ガルシア(ペドロ・パスカル)からも忠告される始末。元バーのオーナーだった知事ガルシアはヒスパニック系で長身のハンサムな男性。しかも保安官ジョーの妻ルイーズと付き合った事があるという小さな街のゴシップは、ジョーにとっておもしろくないネタの一つだった。2度目の知事選を目の前にしているガルシアに、マスク着用義務について厳しく注意されたことを皮切りに、ある日、ジョーは一大決心。あんな奴より自分の方がどれだけこの街を愛し、住民を気遣っているかと思い至り、我こそが新しい知事にふさわしいはずだと確信したジョーは、スマホを使って立候補の声明を出し、選挙活動を開始する。しかし、この知事選立候補がジョーを泥沼の狂宴に導いていく。