「犯罪抑止」か「プライバシー侵害」か…英警察、リアルタイム顔認識カメラ技術で取り締まり強化へ

[ロンドン発]英国の警察が4500万人分のパスポートデータベースや運転免許証の写真にアクセスし、リアルタイムの顔認識技術を使って犯罪者を捕まえる――こうした仕組みを全国の市町村に拡大させる法的枠組みを整備するため英内務省の公開協議が始まった。 イングランドとウェールズの犯罪多発地域で逃亡中の容疑者を捉えるためリアルタイム顔認識カメラの配備が拡大している。景気低迷で万引きが多発し、日常的な光景になりつつある中、警察以外の公共機関や小売業者にも顔認識技術の使用を認める可能性がある。 プライバシーへの配慮から現在、警察のパスポートデータベースへのアクセス権は極めて限定されている。今回の公開協議ではその目的や警察がどのような状況でパスポート画像や移民データベースにアクセスできるのかを定める。 ■「 DNA鑑定以来最大の突破口。警察が利用できるツールに」 内務省のサラ・ジョーンズ警察担当閣外相は英紙デーリー・テレグラフ(12月4日付)に「DNA鑑定以来最大の突破口。すでに数千人の危険な犯罪者を街から排除した。警察が利用できるツールの一つにするため、どこで役立つのかを明確にし、適切な基準を整備したい」と話す。 保守化する英国では移民規制や治安対策のため就労資格を確認できるよう全国的なデジタルID導入や陪審裁判の対象を殺人やレイプ、政府の定める公益ケースに絞ることが検討される。 欧州連合(EU)離脱を境に英国では人権より国家主権や治安対策が優先されるようになったとの懸念も出る。 プライバシー問題について、市民団体ビッグ・ブラザー・ウォッチのシルキー・カルロ代表は同紙に「この技術拡大は英国をオープンプリズン(公開刑務所)に変える。パスポートは巨大監視データベースのための『犯罪者顔写真』になる。民主主義国家ではあり得ない」と警戒する。 ■防犯対策などを含めた小売業界のコストは年42 億ポンド イングランドとウェールズにおける窃盗、強盗、器物損壊、詐欺、パソコン不正利用、暴力など主要犯罪の推定件数(推計)は年940万件。前年に比べ7%も増加した。万引きは53万件を突破し、前年から 20% の増加、過去20年で最悪となった。 小売業界の損失は 22 億ポンド(4554億円)、防犯対策費や保険料を含めると年間コストは42 億ポンド(8696億円)とされる。ロンドン警視庁管内では 人口10万人当たり182件の刃物犯罪が起きている。体感治安の悪化から治安対策の強化を求める声が強まる。 英国の防犯カメラは730万台とされる。英キングス・カレッジ・ロンドンと市民団体リバティーが今年6月に行った調査では警察が捜査に顔認識を使うことに肯定的な声は53%、否定的な声は31%。肯定派は「犯罪抑止」「社会の安全」「防犯カメラと大差なし」と答えた。 ■「政府が警察の顔認識利用を厳格に監督」という誤認識 犯罪に関係がある人物のみに絞れば肯定派は60%に増え、暴動では90%に達した。70%超がウォッチリストに重大・暴力犯罪の容疑者を含めるべきだと答えた。否定派は「プライバシー侵害」「同意できない」「ハッキング・誤認逮捕への不安」を挙げる。 現在、イングランドとウェールズで顔認識技術を使用しているのはロンドン警視庁を含む9つの警察組織だけだが、スターマー政権は43警察組織すべてに拡大したい方針だと報じられている。現在、顔認識技術は3つの形で使われている。 ①リアルタイムで容疑者を検出するライブ顔認識。バンや固定カメラで最大1500人の指名手配・容疑者リストと照合する。 ②モバイルアプリによる路上での本人確認。警察官がスマホアプリを使ってその場で不審者を照合できる。 ③犯罪捜査での映像照合。防犯カメラ、スマホ、ドアベルの映像から容疑者を特定し、警察の顔写真データベースと照合。 多くの英国民は「政府が警察の顔認識利用を厳格に監督している」と信じているが、顔認識技術の使用を具体的に規制する単独法や事前審査、登録制度は存在しない。警察は一般的なデータ保護法や人権法にさえ抵触しなければ、どの監視技術でもかなり自由に使えるのが現状だ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加