ジャーナリストの伊藤詩織さん(36)が監督を務めたドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」(BBD)が、12日、都内のT・ジョイPRINCE品川で日本国内で上映初日を迎える。前日の11日、許諾がないまま映像、音声が使用されているなどと問題点を繰り返し指摘している、元弁護団の西廣陽子弁護士が声明を発表した。 西廣弁護士は、伊藤さんが15年4月に元TBS記者の男性から受けた性的暴行被害についての民事裁判で弁護を担当した1人。同弁護士は、今年2月に伊藤さんが「個人が特定できないようにすべて対処します」というコメントを配布しながら「残念ながら、『対処した』という連絡は、現在まで私たち側には届いていません」と指摘。「伊藤さんの映画は、重大な人権上の問題を孕んでいると言わざるを得ません。これ以上、傷つく人がでないことを願っています」と訴えた。 西廣弁護士をはじめとした元弁護団は、今年2月29日に都内の日本外国特派員協会で会見を開き、伊藤さんが被害現場とされるホテルの防犯カメラ映像、捜査官Aの音声と映像、タクシー運転手の音声と映像、弁護団の音声と映像を本人やホテルの許諾なしに使用したと指摘。また、海外では公益通報者にあたる捜査官やタクシー運転手、裁判で代理人弁護士を務めてきた同弁護士に関する無断録音や無断録画などがさらされている映像が、流され続けていると指摘していた。 西廣弁護士は「これまで、幾度となく私は『蔑ろにされた』と感じてきました」とつづり、以下の問題点を指摘した。 <1>ホテルに誓約書を連名で差し入れたのに、伊藤さんにはそれを破られました。 <2>防犯カメラ映像を映画で使いたければ承諾をとって、と言ったのに守られませんでした。 <3>映画ができたら事前に確認させてと約束したのに、確認させてもらえませんでした。 <4>電話での会話を無断で録音されました。 <5>(配給会社)スターサンズ代表の四宮(隆史)弁護士から、防犯カメラ映像は「使わない方向で」という回答だったのに、使われ続けました。 <6>今年2月のFCCJ(日本外国特派員協会)でのコメントで「対処します」と言ったのに、修正のない映像が流され続けてきました。 その上で「その都度、今度こそは信じたいと思いながら、結局残念な思いを強いられてきた、その繰り返しでした」とした。 さらに「伊藤さんの代理人弁護士から、本人から説明するので日程調整をという連絡を9月8日に受けました。しかし、断りました」と明かした。その理由として「6月下旬以降、こちらから映画について問い合わせをしても、『海外向け配給権を譲渡したので把握していません』等の返事の繰り返しでした。『映画を修正した』とか『修正バージョンを見て』という話は一切ありませんでした」と、伊藤さんが約束した修整をしたとの連絡が全くなかったからだと説明。 その上で「9月になり、突如として、『本人から説明するので日程調整を』と連絡がきました」と続けた。「私は、日本で映画を上映するための既成事実をつくり、それに利用されるのだと感じました。また無断で録音されるのだろうとも思いました。繰り返し残念な思いをさせられてきた立場として私は佃(克彦)弁護士を代理人に立てており、佃弁護士からは伊藤さん側に、会う前にこちらの問合わせに答えて欲しいと申し入れをしました」と、直接対面以前に、問い合わせに答えるよう、重ねて要求していたことも明かした。 西廣弁護士は「この対応は正解だったと思っています。というのは、伊藤さんの代理人弁護士はメディアに対して『くり返し修正バージョンを見てほしいと言ったが拒絶されています』と言っているからです。しかしながらそのような事実はありません」と、伊藤さんの弁護人の主張が事実無根だと強調。「残念ながら、法的な問題は解決されてはいません」と訴え、具体的に問題点を指摘した。 「伊藤さんは『公益性』という言葉を何度も使って映画を正当化していますが、私たちは、『公益性』はないと考えていることを説明してきました。また、『映画を見て判断して欲しい』と幾度も口にしていますが、私たちからすれば、問題のある映画を上映すること自体が『問題』なのです。殴られている人を見せて『どう感じるか判断して欲しい』と言っているのと同じだと考えられるからです。『公益性』や『映画を見て判断して欲しい』という彼女が使う言葉自体が、具体的な説明のない、いかなる意味にも受け取れる、『ブラックボックス』として使われています」 「今度公開される伊藤さんの映画は、これまで私たちが問題にしてきたことがほとんど改善されていないと聞いています。私たちが訴えてきたとおり、ホテルとの約束に反してホテルの映像を映画に使用することは、今後、ホテル等から裁判上の立証への協力を得られなくなるおそれを生じさせるものです。ただでさえ立証の手段が限られる性被害について、伊藤さんの映画は、その救済の途を閉ざすものであるとの批判を免れません。また、捜査官の音声や映像を使用することは、本来守らなければならない“公益通報者”や取材源を世の中に晒すことであり、これは、ジャーナリストとして決して行なってはならないことです」 「Black Box Diaries」の日本国内での上映決定は、11月6日に配給のスターサンズと東映エージエンシーが発表した。伊藤さんは、両社を通じてコメントを発表。「本作は、私が被害直後から日本で直面した現実を追い、記録した作品です。逮捕は直前で止められ、証拠や証言は黒塗りでした。それでも集めた真実の『かけら』をつないだのが本作です。どうか私の名をいったん忘れ、身近な人の出来事として観てください。もし同じことがあなたや大切な人に起きたなら、何を信じ、どう動くのか。観終えたあとに交わされる小さな一言が、沈黙をほどき、次の誰かを守り、社会を少しずつ動かす力になると信じています」と主張している。 伊藤さんは、元弁護団側が会見を開いた同日に、同し日本外国特派員協会で会見を開く予定だったが、体調不良を理由に欠席し文書を発表した。その中で「最新バージョンでは、個人が特定できないようにすべて対処します。今後の海外での上映についても、差し替えなどできる限り対応します」と問題点の修整、差し替えを約束していた。10月25日には、一部の証言映像を許諾を得ずに使用したことについて謝罪する文書を自身のホームページで公表。その中で、加害者らを目撃したタクシー運転手の証言映像を本人に無断で撮影し、本人に電話を試みたが半年以上連絡が取れなかったため、そのまま映画に使用したことを認めた。その点について謝罪した上で「新しいバージョンの使用をお許しいただいた」と説明している。