自宅の庭で出産、直後に我が子を胸にうずめ… 殺人罪に問われた母親「A」の裁判で問われたもの【傍聴記・後編】

■誰かに相談できなかったのか 誰が気付くことができなくても、Aが4人目の妊娠を相談できていれば、こんな結果を招くことはなかったのではないか。裁判で何度も問われた。 Aが妊娠を確信したのは、2024年の8月から9月ごろ。しかしこれまでの経験から、交際相手にも母親にも、妊娠を告げることができなかった。 ――― 【この記事の前編】自宅の庭で出産、直後に我が子を胸にうずめ… 殺人罪に問われた母親「A」の裁判で問われたもの【傍聴記・前編】 ――― 交際相手の男性も証言台に立った。Aのお腹は出ていなかった、と当時を振り返った。 Aの交際相手:「自分は鈍感すぎて気づけなかったと後悔している」 そしてAの母親も、最後まで妊娠に気付かなかったという。 A:「言ったら避けられる、別れようって言われるんじゃないかな、とか思って、言えなかった」 弁護人:「中絶しようとは? 」 A:「育てたいとは思っていました」 弁護人:「今回は育てられると思ってた? 」 A:「育てられるかはその時考えられなくて、育てたい、という気持ちはありました」 弁護人:「3回目の時と違ってた? 」 A:「相手がいる」 しかしその後も産科を受診することはなく、12月を迎える。 体調不良が重なったことから、職場の友人には妊娠を告げ、24日に一緒に病院に行くことにした。 A:「友達と病院に行って検査結果を交際相手に報告して、産みたいと伝えようとしていた」 事件前日の12月23日。Aは少しずつ腹に痛みを感じ始める。 A:「痛みはあったが耐えられる程度だった。年明け生まれるかなと」 その日、ついに姉にも妊娠を告げた。 交際相手と子どもたちへのクリスマスプレゼントを用意し、交際相手の家で日付が変わったころ、痛みが激しくなった。 A:「家に帰ろうと思いました。お腹の痛みに耐え切れなくて、産まれてくるかもしれない、この場所では産めないなと」 激しい痛みに耐えながらAは、不可解な行動に出る。 「まって、普通に生理になった」

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