■『古畑任三郎』の世界と現実の落差 今も高い人気を誇る三谷幸喜の脚本、田村正和主演のテレビドラマ『古畑任三郎』(フジテレビ系)シリーズでは、物語の設定上、犯人が社会的に名の知れた人物であることが多かった。初回で中森明菜が演じたコミック作家にはじまり、歌舞伎役者、推理小説家、棋士、脚本家、落語家などが、殺人を犯す役どころとして描かれてきた。さらに特番では、アイドルグループのSMAPや、MLBで活躍するイチローが、実名で犯人として登場したこともあった。 しかし、これはあくまでフィクションの世界での話である。警察庁の犯罪統計によれば、戦後1945年から2024年までの殺人(既遂·未遂含む)の認知件数は、累計13万7954件にものぼる。直近10年の平均は年915件にとどまり、長期的には減少傾向にあるものの、1954年のピーク時には3081件を記録しており、戦後全期間を通した平均では、年1724件となる。 それだけ多くの殺人事件が発生してきたにもかかわらず、『古畑任三郎』のように頻繁に、著名人が容疑者として浮上することはない。エンターテインメントやプロスポーツの世界に身を置いていた人物で、知名度があるとはいえない者を含めても、殺人事件で逮捕され、有罪判決を受けた例はごくわずかだ。それでも、ゼロではない。そこで本稿では、そうした例外にあたる一件として、ある女性映画俳優による殺人事件に焦点を当てたい。 ■芸能・スポーツ界と殺人事件の接点 本題に入る前に、この件の特異性を確認するためにも、知名度は問わず、エンターテインメントやプロスポーツの世界で活動していた人物が、殺人事件で逮捕され、有罪判決を受けた例を列記しておこう。 1964年12月、かつて「天津七三郎」の芸名で映画に出演していた人物が、仙台で幼児誘拐殺人事件を起こし、死刑判決を受けた。1975年4月には、『仮面ライダー』(毎日放送系)などに出ていた俳優が、テレビドラマ『好き! すき!! 魔女先生』(TBS系)で主演を務めた24歳の俳優・菊容子の命を奪った。2人は交際していたと報じられた.た。1976年5月には、『NHK紅白歌合戦』出場歴のある歌手が、自身の再売り出しの障害になると考え、不倫関係にあった女性を殺害し、遺体を遺棄した。 1999年には、萬屋錦之介(よろずやきんのすけ)主演のテレビドラマ『子連れ狼』(日本テレビ系)で大五郎役を演じた元子役が、金銭トラブルから知人男性を殺した。2003年1月には、映画『新・仁義なき戦い。』(2000年)などに出演した元俳優が、自宅に放火し同居女性を殺害した罪で逮捕・起訴され、無期懲役の刑が確定した(本人は無罪を主張)。2004年9月には、2人の息子が元力士という一家4人が、知人ら4人を金銭目的で殺害する大牟田4人殺害事件が発生している。同年11月には、オールスター出場歴のある元千葉ロッテマリーンズの投手が、借金苦から強盗殺人に及んだ。これらはほとんどが、華やかな世界から離れた後、もしくは栄光の期間が過ぎ去った後の男性による事件だった。これに対し、本稿で取り上げるのは、女性の映画俳優が関わった一件であり、大手映画会社の新作映画『秘録怪猫伝(ひろくかいびょうでん)』の公開を控えた時期に起きた点で、異例だった。 ■怪死男性の同乗者は大映専属俳優だった 「ドライブで怪死」――1969年12月15日の読売新聞朝刊は、兵庫県姫路市で発生した衝撃的な事件を伝えている。 前日の12月14日午後4時20分頃。姫路市の広峰山(ひろみねやま)山頂付近の路上で、一人の男性が停車中の乗用車から転げ落ちた。同乗していた女性が助けを求めているのを通行人が発見。すぐに警察へ通報した。 男性は姫路市で旅館を経営するTさん(40歳)であり、病院に収容されたものの、同日午後7時30分頃に出血多量で死亡した。この凄惨な現場に居合わせ、何らかの事情を知っているはずの同乗女性こそ、当時の大手映画会社「大映」に専属する、36歳のIMだった。 ■ニューフェイスから「蛇女優」へ 50年代、日本映画の黄金時代である。当時は映画館では2本立て上映が当たり前の時代で、業界全体でハイペースに新作が制作されていた。そして、東宝、東映、大映、松竹、新東宝、日活各社が競うようにオーディションなどで選んだ男女のスター候補生を「ニューフェイス」として育成していた。1933年4月25日、高知県に生まれたIMは、俳優座で芝居を学び、1956年に大映の第10期ニューフェイスに選ばれ、専属俳優としての活動を開始した。 IMのデビューは1957年、東京撮影所製作の特撮映画『透明人間と蝿男』だった。 当時、映画界は肉感的な魅力を持つ女性俳優を「グラマー女優」と呼び、作品にセクシャルな彩りを添える存在として重宝していた。IMもその一人に数えられた。1958年、怪奇路線の時代劇『白蛇小町』に半裸に近い状態で生きたヘビと絡むシーンに挑み、翌年には同路線の『青蛇風呂』で実質の主演。〝蛇女優〟の異名も得た。こうしたキワモノ作品に限らず、大映の金看板である勝新太郎の『座頭市』『悪名』シリーズ、市川雷蔵の『眠狂四郎』『陸軍中野学校』シリーズも含む、100本近い作品に出演を続けた。1968年の『妖怪大戦争』での「ろくろ首」役は彼女の当たり役である。 ■Tさんは「自分で刺した」と証言 1969年、デビュー13年目のIMは36歳になっていた。2026年2月現在、36歳の俳優といえば桐谷美玲、仲里依紗、佐藤健、岡田将生、賀来賢人などである。今の感覚でいうとまだ、〝ベテラン〟という扱いではない。しかし、60年代の36歳は、人間として円熟した年齢と見なされる傾向があった。そして、IMは未婚であり、当時の一般的な感覚でいえば、女性が結婚するには遅い年齢を迎えていた。新聞報道によれば、亡くなったTさんは旅館経営以外に芸能プロモーターのような仕事をしており、妻子がいたが、IMとは内縁の関係にあったという。 当時の報道によれば、搬送された際、まだ意識があったTさんはこう言い残したという。「自分で刺した」。だが、その言葉は事実と食い違っていた。実際には、TさんはIMに刺されていたのである。後編では事件の輪郭を整理する。