「菊池事件」再審開始可否、28日判断 認められれば死刑執行後は初

裁判官や検察官は白い予防服にマスク姿。証拠品は箸でつままれ、被告は無実を訴えているのに弁護人は「何も言うことはない」と述べた――。ハンセン病患者とされた男性が隔離先の「特別法廷」で死刑判決を受けた「菊池事件」の第4次再審請求審で、熊本地裁は28日に裁判のやり直し(再審)の可否を決定する。関連訴訟では特別法廷を憲法違反と認めた判決が確定。弁護団は「違憲手続きは再審開始の理由になる」と訴え、死刑執行事件で再審開始が認められれば初となる。支援者は「差別解消に通じる判断を」と期待する。 ◇隔離政策の中で起きた事件 事件は、国が旧らい予防法に基づき、隔離政策を推し進める中で起きた。 熊本県北部の村で1951年8月に起きた元村職員殺人未遂事件で、国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園(けいふうえん)」=同県合志(こうし)市=への入所勧告を拒んでいた男性(当時29歳)が逮捕された。患者だと県に報告されたことを恨んでの犯行とされ、園内に設置された特別法廷で懲役10年が言い渡されたが、1週間後に逃走。指名手配中の52年7月に元村職員が刺殺体で見つかった。殺人容疑などで逮捕された男性は再び特別法廷で裁かれ、53年8月に1審で死刑判決を受け、その後に確定した。 62年9月に3度目の再審請求が棄却され、翌日に40歳で死刑が執行された。 ◇「暗黒裁判だった」 「人権を抑圧する暗黒裁判だった」。菊池恵楓園の入所者自治会の元会長で、2025年5月に92歳で亡くなった志村康さんは生前、特別法廷の設置判断に正当性はないと断言していた。死刑執行前、園に隣接する医療刑務支所に拘置されていた男性に毎月2~3回面会し「菊池事件は無らい県運動がもたらした悲劇の象徴」とも指摘した。 園内の多目的ホールで開かれた特別法廷の様子は先代の自治会長から伝え聞いたという。裁判官や検察官は白い予防服に身を包んで手袋をはめ、証拠物を箸でつまんで扱った。殺人罪などに問われた男性は無罪を主張したが、1審の国選弁護人は十分な弁護活動をせず、起訴内容の認否の際も「申し上げることはない」と述べた。検察官が請求した証拠に全て同意し、被告人質問や、自白調書を作成した警察官への反対尋問もまともにされなかったという。 元患者らが起こした国家賠償請求訴訟で、20年2月の熊本地裁判決は特別法廷を「ハンセン病患者であることを理由とした合理性を欠く差別」と非難。人格権を保障した憲法13条や、法の下の平等を定めた14条に違反すると判示し、確定した。 「男性の無実を証明しない限り、ハンセン病問題は終わらない」。志村さんらは憲法に反する差別的手続きで裁判が行われたとし、検察官が自ら再審請求するよう求めた。検察側は応じなかったが、男性の遺族が21年4月に第4次再審請求。弁護団によると、遺族は差別や偏見を恐れて再審請求に否定的だったが、再審を求める市民運動の広がりもあり、決断したという。 だが、男性の支援の先頭に立ってきた志村さんが地裁の判断を聞くことはかなわなかった。元患者の竪山勲さん(77)は言う。「志村さんが生きていたら『司法は生きていた』と言うような判断を出してもらわないといけない」【客員編集委員・江刺正嘉、野呂賢治】

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