1968年、静岡県の温泉地で一人の男が旅館に人質を取り、ライフル銃とダイナマイトを手に警察と対峙した。「危害は絶対に加えない」と語りながら、マスコミを通じて自らが受けてきた差別を訴え続けたその男は、在日朝鮮人の金嬉老だった。 暴力団員2人を射殺した直後に始まったこの籠城は、テレビや新聞を巻き込みながら全国の注目を集める。後に“日本初の劇場型犯罪”とも呼ばれることになる金嬉老事件は、なぜ起きたのか。鉄人社の新刊『 高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件 』より、その発端をひもとく。(全2回の1回目/ 続きを読む ) ◆◆◆ 「かい人21面相」によるグリコ・森永事件(1984〜1985年)で世間に広まった言葉がある。劇場型犯罪。社会の注目を集める目的でテレビや新聞を利用し、まるで映画や芝居など見世物を楽しませているように思わせる特殊な犯罪だ。 1968年(昭和43年)、静岡県で暴力団員2人を殺害した後、旅館に人質を取って籠城、マスコミを通じて自身が受けてきた朝鮮人差別を訴えた金嬉老(韓国名キム・ヒロ)の事件は、日本初の劇場型犯罪である。