「僕、泣きそうです」未解決事件を動かした新任刑事、26年待った遺族に告げられた「今日夜、逮捕します」の瞬間 名古屋主婦殺害事件

26年目にして安福久美子被告(69)が逮捕された名古屋主婦殺害事件で、捜査の潮目が変わったのは、2024年4月のことだった。 新たに担当となった刑事は被害者の夫・高羽悟さんにこう伝えた。「着任のあいさつで『私が来たからには解決する』と。そして『ご主人がビラをまいても、そこから犯人は上がらないと思う。リストの中に必ず犯人がいる。しらみつぶしにやる』と言ってくれた。今までの人と違うなと思って、この人なら解決するかもしれないと感じた」(高羽さん、以下同) それまで捜査線上に浮かんではいなかったとされる安福被告。2024年4月に着任した担当刑事がリストを1から洗い直し、DNA型の提出を要請。当初は拒否されたが、ほどなく提出に応じたという。結果は、現場に残された血痕とDNA型が一致。逮捕へとつながった。 「ようやく視点を変えてくれた人が現れた」。しかし逮捕後、高羽さんは喜びと同時に強い疑問を抱いた。「刑事の熱意や能力の有無で捜査が左右されては、被害者としては困る。だからこそ、科学捜査を併用して使わなければいけない。遺伝子情報を使って、より正確な似顔絵を早く作ってほしい」。 高羽さんは担当刑事の着任について振り返る。「50歳前後ではないか。いかにも古臭い刑事さんというコワモテ風だ」。この刑事は「ビラなどを配っても犯人は捕まらない」と語ったといい、「毎年ビラまきをやっていたため、そんなこと言われても、ビラまきやめても犯人捕まりますか?なんてことは当時は全然想像できず、大丈夫かな?とは思った部分はある」。 しかし、「その後すごく捜査資料を読み込んで、ことあるごとに『これはどういうことか』と電話してきた。2〜3カ月に1回は、電話で済むのにわざわざ訪ねてきて『これはどういうことか』と言い、資料を持ってきて『見てください。これどういうことですか』と聞いてくるぐらい熱心だったので、『ひょっとしたらこの人なら捕まえてくれるかな』という気持ちが徐々に出てきた」のだそうだ。 続けて「今までの人とは全然違う。担当者は1年ごとに変わったが、電話だけの人もいた。あいさつで『これから私が担当です』と言った人もいたが、具体的に『ここの調書の、この部分は何ですか』みたいな質問は全くなかった」とした。 逮捕の報告は、どのように受けたのか。「地元の介護施設の役員をやっていて、その介護士を養成する専門学校のハロウィンパーティーが13時からあったが、12時半ぐらいに電話かかってきて、『今日の午後、全てのスケジュールをキャンセルして、今すぐ西署に来てくれ』と言われた。役員をやっているところのハロウィンパーティーだから、理由もなしに(欠席できない)。刑事さんが『西署へ来る』というのも言ってはダメで、とにかく来てくれと言うものだから、『そんな不義理はできないから、ハロウィンパーティーは20分で切り上げて、14時には行けるようにする』と言った」。 西署を訪ねると、「刑事さんと鑑識の人だと思うが、青い制服を着た人がいた。3人で取調室みたいな所に入って、鑑識の人が『26年間お待たせしました』って言うものだから、ドキッとして、ひょっとして……。焦って電話してきたので、ちょっと動くのかなという感じはあった」という。 そして、「『26年間お待たせしました。その後は、この刑事から詳しくご説明します』と言って、鑑識は出て行き、2人きりになった。涙目で『僕、泣きそうです』と言うものだから、『えー、泣いているやん』と日頃ならツッコミするが、あまり真剣に泣きそうな顔をしているものだから、やっぱりただことじゃないぞと思っていると、『今日夜、逮捕します』と言われた。26年もあったのに、たったそんなことで捕まるのかよ、という感じだった」そうだ。 容疑者の特徴については高羽さんから聞いたそうだ。「『300万円の懸賞金対象ですか』と聞くと『違います』と言うから、県警の方で調べたんだなと思った。『悟さんの関係者ですよ』と言われて、『えー』と。どのみち名簿にリストがあったから見つかったんだろうから、中学の私の関係者はリストになかったと思う。高校ぐらいだったため、『高校ですか』と言ったら『当たりです』みたいな話になった。ただ、その中の女性なんてもう忘れている。『同じ部活?』と言うと、『当たりです』。同じ部活でチョコレートをもらったのは、安福しかいなかったので、『安福?』と聞いたら『当たりです』と」。 一方で安福被告については、「事件5カ月前の同期会では、私に向かって、『私、結婚して仕事も子育てもしながら、バリバリ頑張っている』と言っていたものだから、そんな当然、結婚しているのに刺しにくるとは思わないので、びっくりした。その後は1回も会ってないし、連絡先も知らない。別に彼女に対して、僕は興味も何もないので、そんな関係で見つかってびっくりした」とする。 元徳島県警捜査1課警部の秋山博康氏はその刑事について「あっぱれだなと思う。私の口癖だが『組織は人なり』。捜査員が全員、100人いたら100人が、100%の能力も技術もセンスもある捜査員ではない。やっぱり人間だから。今回の方は本物の刑事だなと実感した。高羽さんのために絶対捕まえる。今回は現場に遺留していたDNAで犯人特定がすぐにできる。だから容疑者をずっと1人ずつ捜査しながら、唾液を取る。DNAが一致すれば即逮捕。通り魔ではなく、『今の捜査資料の中に絶対いるぞ』と1人1人容疑を固めて、そしてDNAで勝負するという強い気持ちがあったため、行き当たったのかなと思う」と評価する。 ではなぜ、26年もの時間がかかったのか。「1999年ぐらいは、ちょっとDNAの精度が低かった。だんだん精度が高まり、『今の状況だと絶対に唾液を取ったら100%行き当たる』という強い意志で、そのリストを1件1件つぶしていったと思う。DNAは1980〜1990年代もあったが、それは100分の1とか1000分の1程度だった。今はもう世界中で1人と言えるぐらいだ。2000〜2010年ぐらいから、どんどんDNA捜査が主流になった」。 捜査体制にも課題があるようだ。「警察は公務員であるため、人事異動がある。人事異動は警視になると1〜2年、警部になると2年ぐらい。現場でやる警部補以下は5〜7年。最初現場に行った捜査員は、やはり燃える。そういう現場を見て『よし絶対捕まえてあげる』となるが、人事異動で現場を見ていない捜査員が捜査本部に入ると、やはり実感がわかない部分もある。それが現状だと思う」。 そんな中、逮捕に導いた担当刑事については「本部の捜査1課の特命班で、その事件を専門に専従班に入った。ずっと今までの捜査資料を見て、『今のDNAだったら人定・特定できる』という判断を持ったと思う」と推測した。 (『ABEMA的ニュースショー』より)

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