「1ミリも私たちの言い分聞かないじゃないですか」。稲田朋美元防衛大臣が声を荒らげたのは、自民党の法務部会と司法制度調査会の合同会議。怒号が飛び交い、議論は紛糾。多くの自民党議員が反発するなど、大荒れとなった。 いったい何があったのか。実はある法律の改正案をめぐって、大バトルが繰り広げられていたのだ。その法律とは、1948年(昭和23年)に制定された刑事訴訟法。その改正で、議題の中心となったのが「再審」の見直しだ。 再審とは、判決が確定した裁判をやり直すこと。この法律のあり方で揉めている。 まずは、この問題をめぐる経緯を整理しておく。刑事訴訟法制定以来、初めて再審の見直しが本格化した背景にあるのが、袴田巌さんが冤罪被害者となった静岡一家強盗殺害事件。事件発生から無罪確定まで58年もかかった。 そんな状況下、2025年に当時の鈴木馨祐法務大臣が、再審制度の見直しを法制審議会に諮問。専門家の議論の末、2026年2月、答申が出た。 稲田氏ほか多くの議員が求めているのは、再審が長引く最大の要因と指摘する、検察による不服申し立て、抗告の禁止だ。抗告とは、裁判所が出した決定に、検察が不服を申し立てる手続きのこと。 地裁で再審請求を認めたとしても、検察が抗告することで、再審裁判の開始自体が長期化してきた経緯がある。袴田さんは、地裁の再審決定から、実際に再審が始まるまで、およそ10年近くも要した。 しかし今回、法務省側が出した見直し案は、「検察の抗告」は維持するというものだった。稲田氏は会議の場で「抗告の禁止。ここで発言した議員、議員が発言したすべて、ほとんどすべてが抗告禁止じゃないですか。ほとんどの議員が抗告禁止と言っているにもかかわらず、それを全く無視している」と発言していた。 答申では、検察が保有している証拠を弁護側に開示するルールを新設したものの、その範囲は限られ、報道機関に見せたら罰則などの規定を添えていた。 レゾバティール法律事務所の阪口采香弁護士は、「三審で誤判があった場合には、それを是正する機会が当然保障される必要がある。法的安定性よりも、無実の者の身体の自由という基本的人権が優先されるべき。過去の捜査・裁判の在り方に問題があった以上、現在においても制度の見直しは不可欠だ」とする。 一方、現状維持派の言い分を聞こうと、ジャーナリストの青山和弘氏が取材を申し込んだ政治家は全員拒否。唯一答えてくれたのが、元衆議院議員の宮沢博行氏だった。「稲田氏が発言したのは、私は素晴らしい決断だったと思う。よくやった!心で拍手を送った。心から敬意を表する」。 宮沢氏は法改正賛成の立場。その上で現状維持派の本音をこう見る。「司法制度調査会長にも、相当の責任があると思う。『この改革案はおかしくないか?部会通らないんじゃないのか?』と言うことはできる。やっていないから、こんな混乱になってしまったのだろう。組織のトップが決断できていない。政治家として、議員として、国民の側に立っていなかったというのも、今回の混乱の大きな原因だと思う」。 加えて、「司法というものは特別な世界だから、『国民感情とはズレていてしかるべきだ』という考えもあるかもしれない。国民の皆さんの人生がかかっている、冤罪は。だからこそ、国民感情に寄り添った改革にしていかないとダメなんだと、ここの頭の切り替えができていなかったかもしれない」とも語った。 では、検察の本音はどこにあるのか。刑事立法と検察官人事に詳しい専門家に、裏事情を聞いてみた。熊本大学の岡本洋一准教授は、「これはひどい話だが、(受刑者が)亡くなるのを待っている。刑事裁判は有罪になりそうなものだけしか起訴しない。無罪になる確率は、有罪率が99.9%なので、1万件に2〜3件と、ものすごく珍しい」と説明する。 「検察官側からすると、再審開始決定に対する不服申し立ては死守したい。“自分たちが証拠を一番見ているんだ。基本的に有罪に決まっているだろう”というのが前提。それがひっくり返されるわけがない。再審請求する人は、有罪を受けた人間の中の少数にすぎないので、無視して構わないという論理だと思う」 日本の刑事裁判は、地裁・高裁・最高裁の3回の審理で結論を出す“三審制”を採用しており、一度確定した判決は、原則として覆されない。 再審は、その例外としてやり直しを認める制度だが、この“例外”をどこまで認めるべきかがいま問われていると元大阪地検検事の亀井正貴弁護士は指摘する。「再審で全てをやり直すなら、三審制そのものの意味が問われる。秩序維持の観点からも、確定判決は容易に覆されるべきではない。だからこそ、検察としては争う手段を残す必要があるという立場だ」。 「刑事訴訟法の三審制は大原則なので、それからするとオリジナルの事件について地裁の裁判官、高裁の裁判官、最高裁の裁判官、全部で9人で判断したものを、その下の地裁の3人がひっくり返すという話なので、それはもう四審制になってしまうというのが二元的な法理論の考え方だ」 国会に提出しようとした再審見直しの法務省の政府案には、自民党内からも怒りの声が。そんな国会で、再審制度の改正を強く訴えて続けてきた政治家がいる。鈴木宗男参議院議員だ。2024年5月23日の参議院法務委員会では、「大臣、再審の判決が静岡地裁で出てから、もう10年たっている。時間が掛かり過ぎる一つの原因に、検察の抗告がある。さらには特別抗告もある。検察が自信があれば即公判で、堂々と議論すればいいと思う」と、袴田事件における検察の抗告について、国会で法務大臣を追及していた。 自らも2002年、受託収賄などで逮捕・起訴され、最高裁まで争ったが実刑が確定。約1年収監されたが、一貫して「国策捜査だ」と冤罪を主張し、現在も再審請求中だ。 そして、そんな父の戦いを、すぐそばで見続けてきたのが、娘の貴子氏だ。「国民の信頼に足る司法制度を構築する国家意志を、政治が示すべきだ」(2025年11月7日の衆院予算委員会での発言)。 父が立ち上げた袴田さんを支援する議員連盟の事務局長として、12年以上にわたって活動。姉・ひで子さんを招いた会合を開催するなど、超党派で冤罪救済・再審見直しを訴えてきた。 父親が逮捕されたのは貴子氏が高校生の時。捜査を受け入れる側のリアルをその目で見てきた。「家宅捜索に入ってきた捜査官は、中学生の私が使っていた英会話学習のテープ、教材を箱の中に詰めて持っていこうとした。テーブルの上のティッシュも、私の通知表も。何のための押収だったのか、いまだにわからない。私の母が『何をそこで寝そべっているんですか。やることやってください』と声を掛け、いそいそと立ち上がった姿を、私の家族は一生忘れることはない」(同委員会での発言)。 こうした活動が、再審制度見直しを支持する国会議員の輪を広げ、今回の改正への動きにつながった。しかし、再審見直し法案は結局まとまらず、提出は異例の先送りとなった。 袴田さんの姉・ひで子さんは4月8日、こう胸の内を明かした。「見えない権力と58年闘っていた。なぜこんなに長くかかったのでしょう。巌が何のために47年7カ月、拘置所の中でつらい思いをしてきたか。たくさんの冤罪で苦しんでいる方がいる。“巌だけが助かればいい”とは思っていない。ぜひ皆様のお力をお借りして、再審法の改正を不備のあるところは、すべて直していただきたいと思っている」。 (『ABEMA的ニュースショー』より)