「彼が殺人鬼とは知らないまま」全国で殺人、強盗を繰り返した“凶悪犯罪者”…暴行→妻にさせられた女が語った“絶望の言葉”(大正4年)

〈「刑事の2〜3人殺すぐらいはなんともない」72歳と25歳の女性らを暴行し殺害、日本を戦慄させた“連続殺人犯”が逮捕されるまで〉 から続く 史上、犯罪者は数多いが、大米龍雲(おおよねりゅううん)ほど、ありとあらゆる悪の形容詞を付けられた人物もいないだろう。全国で強盗、窃盗、殺人を繰り返した龍雲が逮捕されたのは1915(大正4)年。当時新聞の見出しだけでも「殺尼魔(さつにま)」「食人鬼」「極悪人」などと書かれ、検事に「あれほど大胆な悪漢は見たことがない」と言わしめた。 しかし、当時の新聞記事と関連資料を見ていくと、必ずしもそのイメージとは合致しない“顔”もうかがえる。大米龍雲は本当に「悪逆非道な極悪人」だったのか? 当時の新聞記事を適宜現代文に直し、文章を整理。今回も差別語、不快用語が登場するほか、敬称は省略する。(全4回の3回目/ 続き を読む) ◆◆◆ 福岡・博多で取り押さえられ、大暴れしながら東京に移送された大米龍雲(当時44)。その犯行の足どりとは、どのようなものだったのか。『警視庁史大正編』を基に、同盟通信の司法担当記者、石渡安躬が裁判提出資料をまとめた『斷獄實録第1輯』(1933年)や新聞報道を突き合わせて見ていく。

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