滋賀県日野町で、42年間にわたり“無実”を訴えてきた家族がいる。阪原弘さんの長男・弘次さん(64)と、妻のつや子さん(88)だ。弘さんは2011年3月、服役中に75歳で死去した。 1984年12月、酒店店主の女性が行方不明となり、20日後に約6キロ離れた草むらで遺体が発見された。その約3カ月後、山林で手提げ金庫がみつかった。事件現場の酒店は、店の一角でも酒を飲むこともでき、地元の人たちが集う場所。弘さんもその常連だった。 警察は強圧的な取り調べを続けて自白させた。自白では「酒を飲んでいたら、店主の隣に手提げ金庫があるのを見て、急に酒代がほしくなって悪い考えを起こした。両手で首を絞め、遺体を軽トラックの荷台に載せて捨てに行った。戻ってきて夜明けになって金庫を持ち出した」というものだったが、矛盾する点が多くあった。 弘次さんは「母が父の飲んだ酒代を、家で飲んだ酒も含めて、年間に2回まとめて払っていた。だから父が酒飲むのに酒代はいらない。ツケで飲める酒店の店主を酒代欲しさに殺すなんて考えられない」と語る。 さらに、不可解なのが、金庫が見つかった場所だ。酒店から約3.5km離れた山中だった。弘次さんが現場を案内する。「昔ここが田んぼだった。(警察の主張では)父は、そこの田んぼのあぜ道を入ってきて、その辺から登ってきた。(この先は)正直言って獣道しかない」。 金庫が見つかった場所は、そこからさらに山の奥。夜になれば視界はほとんど効かず、足場も悪く、1人で簡単に進める場所ではない。「ここがそうだ。この下に金庫が落ちていた。その辺に木があるが、木の根元に金庫が、ふたが開いた状態で落ちていたそうだ」。 有罪の決め手の1つとなったのが、弘さんが逮捕後、金庫が捨てられていた場所を正確に案内したとされる点だ。「引き当て」と呼ばれる捜査で撮影された、金庫まで案内する様子の証拠写真を不審に感じた弁護団の要請を受け、裁判所が検察にネガフィルムの開示を要請。ネガフィルムを確認すると、警察の調書では、弘さんが来た道を戻っている時に撮った写真を、さも現場まで案内しているように順番を変えて貼っていて、証拠のねつ造ともいえる事態が判明した。 弘次さんは「『金庫を捨てた』と指示している写真があるが、これはいったん下へ降りて、上がってきてから、向きを変えて撮った写真だ。(父は)『警察に怒られた』と言っていた。つまり父は案内できなかった。当たり前ですよね、真犯人じゃないから…」と話す。 大津地裁は「捜査の経過を正確に記録したものとは到底言えない」と、誘導の可能性を指摘。これらが決め手となり再審開始を決定。大阪高裁もこの判断を維持。最高裁は検察の特別抗告を退け、再審が開始されることになった。 取材中、一つの箱を見せてもらった。それは刑務所から送られてきた段ボール。弘さんが刑務所で使っていた“遺品”だ。家族は今でもそれを直視できないという。私たちは許可を得て、箱を開けた。 遺品について、弘次さんは「父ちゃん24年も刑務所にいて、段ボール箱たった2箱なんやで。父ちゃんの人生って一体何やったんやろ…。本人は無念やったと思う。母が元気なうちに、泣いて喜べるうちに、今いる家族がみんな揃ってお墓の前で、『父ちゃんよかったね、再審無罪やで。父ちゃんは殺人犯やないんやで』と報告できる日を夢見ている。それしか我々にはない。父は亡くなってしまったけども、せめて父の無念だけでも拭い去って、名誉だけでも回復してやりたい」と胸中を明かした。 レゾバティール法律事務所の阪口采香弁護士は、再審請求から最高裁が再審開始を決定するまでの25年を「長すぎる。いろいろとおかしいところがある中で、検察も何を抗告することがあるのか。検察側は再審請求ではなく、再審がされたことを作りたくないだけなのではないか。」と指摘し、「(検察は)そもそも再審を開始されたくない。そこに重きを置いているようにしか見えず、抗告などしないで、さっさと再審を開始してほしい」と語った。 冤罪被害者を支援する活動に取り組むフリーアナウンサーの古舘伊知郎は「難しい言葉で“無謬性”(絶対に間違わないこと)という。検察が権威を持たないといけないのはわかる。だが、権威を持とうとしたときに、簡単に言えば無謬性、『我々は間違わないんだ』というところに立つ。正反対の言葉に“誤謬性”があり、人間は必ず間違える。そう言っている私も間違えだらけだろう。検察も同じ人間で、『人間に立ち返れば、無謬性などあり得ない』と少しでも思ってくれれば、権威だって薄まってきて、こんなに人の長い人生を何十年も奪わない。しかし、それ(無謬性)を検察は貫く」といった問題点を示す。 これに阪口弁護士は「間違えて認めたくない。もしくは間違いだと思ってない可能性もある。間違えていないから、再審されたこと自体がもう嫌だ」と指摘する。 一方で古舘氏は「この場合は、客観事実としてストーリーを作って、そして証拠をやらせで作った。ねつ造とか、やらせで証拠作りをした。金庫が捨てられているところで、時系列変えて写真を組み合わせて、『本人しか知らない秘密の暴露』、やった犯人しかわからないところまで、弘さんはちゃんとわかっていた人だと、ストーリーを作った。そんなこと言っていない、やってもいないのに。そんな証拠作りをしているのはダメだ」と指摘する。 これに阪口弁護士は「私もダメだと思うが、検察の発想としては『この人が犯人で、その上で証拠をちょっと変えたけれども、この人が犯人だから、こういう証拠が出てきてもいいよね』という発想でやっていると思う」と返す。「ただ、言われた人や、私たち弁護士の立場としては、『やっていないから証拠が出るわけがない』。『最初に見立てたのが間違いだった』と、早く検察が認めて、自分ではない方向にかじを切らないと真犯人も逃す。それは検察側の傲慢(ごうまん)だ」。 (『ABEMA的ニュースショー』より)