路上で人糞を投げつけられた被害者も⋯公害によって住民同士が対立「水俣病」の汚染が拡大し続けた理由(昭和31年の事件)

〈「カラスや魚が大量死」「猫が踊りながら死んだ」【致死率35%】熊本を恐怖に陥れた「水俣病」はなぜ起きた?(昭和31年の事件)〉 から続く 企業城下町が選んだのは、命ではなく「経済」だった。原因がチッソ水俣工場と判明した後も操業継続を望む声は大きく、被害者らは孤立。路上で人糞を投げつけられるほどの差別を受けたことも。さらに国も経済成長を最優先とし、結果として汚染は恐るべき拡大を遂げていく。 「戦後最悪の公害事件」とも言われる「水俣病」の歴史を、鉄人社の新刊『 高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件 』よりお届けする。(全2回の2回目/ 最初から読む ) ◆◆◆

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