「一方的な離婚宣言も…」中村玉緒さん死去「名優・勝新太郎さんと歩んだ“愛”と波乱の俳優人生」

数多くの映画やドラマで活躍した俳優でタレントの中村玉緒さんが6月9日、肺炎のため亡くなった。86歳だった。 16日には通夜が行われ、お笑い芸人の明石家さんま(70)や歌手の和田アキ子(76)、徳光和夫アナ(85)、女優の浅田美代子(70)、俳優の松平健(72)ら、彼女を慕う多くの芸能人が姿を現した。 『さんまのSUPERからくりTV』(TBS系)などのバラエティ番組でも天然キャラが人気になり、また型破りで何かと事件・騒動が多かった名優・勝新太郎さん(1997年、65歳没)を支え続け、“おしどり夫婦”としても知られた。 玉緒さんは1939年7月12日、京都市生まれで、父は歌舞伎俳優の二代目中村鴈治郎、兄は四代目坂田藤十郎と、歌舞伎の名門一家に育ち、京都女子中学2年の1953年に松竹『景子と雪江』で映画デビュー。翌年に大映と専属契約を結び、市川崑監督の『ぼんち』(1960年)、市川雷蔵主演の『大菩薩峠・竜神の巻』(1960年)でブルーリボン賞助演女優賞を受賞。 『越前竹人形』(1963年)では、若尾文子演じるヒロイン玉枝の女友達の遊女役で毎日映画コンクール女優助演賞を受賞するなど女優としての地位を確立し、数多くの映画やドラマで名脇役として活躍した。 また、『からくりTV』では天然キャラを発揮し、司会の明石家さんまとの軽妙な掛け合いを見せて人気を呼び、『マロニー』のCMでお茶の間にも親しまれるなど幅広い芸歴で知られる。 そして勝新太郎さんとの波乱の夫婦生活でも芸能マスコミをにぎわせた。 1955年に勝新太郎さん主演の『かんかん虫は唄う』で初共演。『悪名』(1961年)などで共演を重ねるうちに、勝さんが惚れ込んで1961年に婚約。1962年に帝国ホテルで大映の永田雅一社長(当時)の媒酌により挙式した。 当時勝さんは市川雷蔵と並ぶ大映の『二枚看板』で、銀幕のトップスターと関西歌舞伎の大御所の愛娘で新進女優の結婚として大きな話題を呼んだ。

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