1993年、山形県新庄市の旧明倫中学校で、1年生の児玉有平さん(当時13)が丸めて立てられた体育用マットに逆さに押し込まれ亡くなった事件があった。いじめによる犯行として監禁致死や傷害容疑などで補導・逮捕された7人の元生徒は、全員が民事訴訟で死亡への関与を認定され賠償を命じられた。 だが事件は今も終わっていない。7人は謝罪も訴訟で命じられた賠償の支払いもしようとせず、有平さんの父親の昭平さん(77)は勤務先などを把握できなかった3人については、確定判決に基づく請求権の消滅時効が完成するのを防ぐため、父親の昭平さんは訴訟を繰り返さざるを得なかった。遺族はこの時間をどのような思いで生きてきたのか。