脚本家・井上由美子が手掛ける小池栄子主演のドラマ「さよならノワール」(毎週火曜夜9:00-9:54、フジテレビ系/FODほかにて配信)が現在放送中。今回の舞台は、警察署内の「犯罪被害者支援室」。事件の加害者ではなく、取り残されがちな犯罪被害者の心に寄り添う女性たちの姿を描いている。そんな本作で小池が魅せる、これまでのイメージを覆す新たなアプローチと、作品が放つ独自の深みと魅力に迫る。 ■ヒーローは登場しない「犯人逮捕のその先」を照らす圧倒的リアリティ 多くの警察ドラマにおいて、犯人の逮捕やトリックの解明は「爽快なクライマックス」として描かれる。しかし、犯罪被害者や遺族にとって、事件解決は平穏を取り戻すための途方もないスタートラインに過ぎない。本作がスポットを当てるのは、事件のニュースが世間から忘れ去られた後に始まる、残された人々の「言葉にならない苦痛と生活の再建」だ。 特殊能力を持ったヒーローが鮮やかに解決してくれるわけではない。心に深い傷を負った人々に「そばにいてもいいですか?」と問いかけ、ただ隣に立ち、泥臭く言葉に耳を傾ける。答えのない問いに葛藤しながらも人と向き合うその姿は、視聴者に「もし自分が当事者になったら」という強い当事者意識と、現代的な深いリアリティを突きつける。 さらに、名作「白い巨塔」(2003年)や「愛の、がっこう。」(2025年)などで知られる脚本・井上由美子と、洗練された映像美と重厚な演出で魅せる河毛俊作監督のタッグが、単なるお涙頂戴にとどまらない「人間の業と希望」を緻密に描き出している点もドラマの世界観に引き込まれる理由の1つだろう。 ■小池栄子&北香那の絶妙なシスターフッド ドラマに豊かな味わいを与えているのが、主人公・黒木夏海(小池)と、心理学者・白石絵梨子(北香那)のバディ関係だ。夏海は元・マル暴(暴力団対策係)に配属されていたが、ある事件をきっかけに犯罪被害者支援室に異動となる。誰とでもフランクに接し、犯罪被害者とは警察官という立場より、ひとりの人間として接することのできる人物。被害者たちに上から目線で接することはもちろん、気持ちをわかったふりもしないが、そのさっぱりとした性格が被害者にとっては救いを求めやすいだろう。 一方で絵梨子は、 公認心理師と臨床心理士の資格を持つ心理学者。派遣の支援員として西池袋署にやって来て夏海と共に被害者の元へ繰り出す。学術的な専門性を持ち、やる気もあるが、被害者支援の現場は今回が初めて。頭の回転が速すぎるせいか、共感力が低く独りよがりな面があり、被害者や周りの人を絶妙にいら立たせてしまう欠点があるものの、人一倍一生懸命な様子が見受けられ憎めないキャラクターだ。 一見すると「情熱派×理論派」という定番の対立構造に見えるが、事件を通じて衝突しながらも、互いの欠けた部分を静かに補い合っていく。単なるバディものにとどまらない、大人の女性同士の連帯(シスターフッド)が描く温かな関係性は、物語の大きな見どころとなっている。 ■「勢いだけでは乗り切れない」小池栄子の新境地 そして何より本作を決定づけているのが、主演・小池栄子の凄みと進化だ。近年の彼女が見せてきた演技の振り幅は、まさに圧巻の一言に尽きる。Netflix「地面師たち」(2024年)では、土地を騙し取る過激な犯罪グループの手配師・麗子役を熱演。ターゲットのなりすまし役を妖艶かつ冷徹に操り、ゾクゾクするような「陰と悪」の美学を見せつけた。 一方で、宮藤官九郎脚本の「新宿野戦病院」(2024年)では、岡山弁と英語が混ざる破天荒な元米軍医ヨウコ・ニシ・フリーマン役でパワフルに現場を疾走。さらに三谷幸喜脚本の青春群像劇「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」(2025年)では、ダンサーの“いざなぎダンカン”役として唯一無二のコメディーセンスを発揮し、一瞬で場をさらってみせた。ダークな悪女から、パワフルな破天荒ヒロイン、そして喜劇の名手が描く世界観での軽妙なコメディまで—表現の「振り幅」を極限まで広げてきた。 だからこそ、この「さよならノワール」で演じる黒木夏海は、これまでのどの役柄とも異なる強烈なインパクトと進化を感じさせる。かつて“マル暴”に所属していた凄みを背負いながらも、被害者支援室での彼女は決して主張しすぎない。相手の言葉をただじっと待ち、余白で語る「静かな佇まい」で画面を包み込む。小池自身も「私って飛んじゃう役が多かったから、今回は勢いや元気さで押し切れない、“修行”のような感じです」と、今回の役柄について語っていた。 「地面師たち」の冷徹な眼光や、「新宿野戦病院」「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」で見せた圧倒的なキャラクター性とは対照的に、本作では正解のない悲しみに寄り添い、共に苦悩する。無理に励まさず、ただ等身大で隣に立つ姿には、大人の優しさと人間らしい温もりが満ちあふれている。 尖った強烈なキャラクターを幾つも乗りこなし、振り幅を広げ続けてきた彼女だからこそ、押し殺した感情や言葉の「間」で見せる静かな演技が、より一層深いリアリティとなって視聴者の胸を打つのかもしれない。数々の話題作・ハマり役を経て辿り着いた、「引き算の演技」による堂々の新境地。タイトルの通り傷ついた人々が抱える暗闇(ノワール)に、そっと光を照らす夏海の眼差しと、まだまだ凸凹バディという言葉がお似合いの夏海と絵梨子の関係性を見守っていきたい。