昭和期に温泉歓楽街として栄え、「東京の奥座敷」と呼ばれた横浜の綱島。最盛期には数十軒の旅館と数百人の芸者が「酒」と「色」を売り、驚くほどの賑わいを見せていたという。 しかし、昭和東京五輪の年、東海道新幹線が開通すると、徐々に歓楽街としての勢いを失い、今では少しもその気配が残っていない。 綱島はどのようにして、一大温泉歓楽街として栄えたのか。当時の街にはどのような人が訪れていたのか。そしてなぜ「消えた歓楽街」となってしまったのか――。ノンフィクション作家のフリート横田氏が取材した。(全2回の1回目/ 2回目 に続く) ◆◆◆