新宿・歌舞伎町の新たな象徴となった「トー横」。なぜ、かつて街を牛耳っていたはずのヤクザは、そこに集う若者たちに手を出せないのか。「文藝春秋PLUS」編集長の村井弦氏が、『教養としての新宿・歌舞伎町』の著者・久田将義氏にその深層を尋ねた。2011年の「暴力団排除条例」が歌舞伎町に作り出してしまった「奇妙な聖域」の正体に迫る。(第2回/全5回) ■プロフィール 久田将義 編集者、元月刊「実話ナックルズ」編集長 村井弦 「文藝春秋PLUS」編集長 (この記事は、「文藝春秋PLUS」のインタビュー動画「+BOOK TALK ヤクザ、トー横、立ちんぼ、ホスト 歌舞伎町の裏」を再構成したものです。) ■トー横キッズは「不良」ですらない「3軍、4軍の連中」 村井 もう一つ、近年の歌舞伎町の風景としてよく報道されるのが「トー横」です。我々の世代は新宿コマ劇場の時代でしたが、そこが東宝シネマズという大きなシネコンになった。当時は「夜中でも映画が見られるようになれば治安が良くなるだろう」と聞いた記憶があるのですが、現実は犯罪の温床になっているとも言われます。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。 久田 歴史的に見ると、昭和の時代、コマ劇場の前には噴水があって、そこに不良少年少女が集まる習性があったんです。広いから溜まっていくんですね。それがコマ劇場になっても、前の広さは変わらなかったので、また溜まり始めた。東宝が綺麗なビルを建てても、結局、メディアが「トー横」と名付けただけで、本質は変わっていないんです。 村井 あそこに何が建っても、溜まる広場がある以上は変わらない可能性が高い、と。 久田 変わらなかったですね。変わりませんし、もうずっと変わらないと思います。 村井 たまたま東宝ができたから「トー横」なわけですが、その「トー横キッズ」とは一体何者なのでしょうかと、その点について伺う前に、この本を読んで勉強になったのが「不良」という言葉の定義です。久田さんは「不良」と「不良少年」を使い分けていらっしゃいますよね。 久田 ええ。僕ら事件記者の間では、「不良」というのは関東ではヤクザのことを指すんです。当の本人たちも、自分たちのことを「俺たち不良は」とか「あいつは現役の不良だ」といった言葉で話します。一方で、暴走族などは「不良少年」と呼び分けることが多いですね。 村井 一般的には「不良のあんちゃん」くらいの意味で使われがちですが、事件記者の間では、「不良」イコール「ヤクザ」というのが筋の使い方なんですね。 久田 そうですね。それを知っていると「この人、わかってるな」となるかもしれませんね。 村井 その上で、改めて「トー横キッズ」とは何なのか、ということですね。 久田 「トー横キッズ」はキッズだけではないです。中年の人もいますから。そして、不良少年ですらありません。あそこは、行き場がなくなって集まった子たちというだけで、メディアが「東宝の横」だから「トー横」と名付けたに過ぎない。僕も現地を回ってみましたが、彼らは特に何をするでもなく、ただたまっているだけです。たまに薬物の売買などが行われている可能性はありますが。そして立ちんぼの話と同じで、本来なら暴力団が取り締まる場所のはずが、「あいつらは全然言うことを聞かない」と、ここでもサジを投げている状態です。大したことのない少年少女たちが、なんとなく集まって騒いでいる、というのが実態ですね。 村井 つまり、組織性や明確な目的は一切ない、ということですね。 久田 ないですね。たまに「歌舞伎町卍会」が話題になったりしますが、そんなものは歌舞伎町には存在しえません。もしできたら、すぐに暴力団が潰しに来ますから。彼らが勝手に名乗っているだけであって、この本にも書きましたが、まさに「3軍、4軍の連中」という言葉がぴったり当てはまると思います。 村井 行き場のない人たちが集まってダラダラと過ごしている、と。仲良しグループのようなものは見かけますが、横のつながりも特にないのでしょうか。 久田 あっても、かなり薄いと思いますね。本当の不良少年である暴走族やギャングには、総長がいて厳しい縦社会がありますが、トー横にはそういったものが全くありません。あくまで「なんとなく繁華街に集まった人たちの集団」と見ています。 村井 「トー横キッズが犯罪を起こした」というニュースを見ると、知識がない人は、彼らを犯罪を意図して行う集団のように見なしがちですが、実際は全く違うんですね。 ■なぜ「トー横」とひとくくりにされるのか 久田 違うと思います。不良少年を取材したことがない人が見れば、怖いと感じるのも仕方ないとは思いますが。不良少年の歴史を振り返ると、1990年代に渋谷のセンター街にいた子たちの方が、よほど怖かったですよ。 村井 チーマーとか。 久田 そうです、チーマーです。彼らは組織で動いていて、センター街を歩けないくらいでしたから。それに比べれば、トー横は組織でも何でもありません。多少のケンカは起きますが、それは繁華街ではよく見られる光景に過ぎない、という感じですね。 村井 昔のチーマーの時代にも、特に目的もなくただ溜まっているだけの子もいたはずです。それが「トー横」の場合、なぜ彼ら全員が「トー横キッズ」と一括りにされて語られるようになってしまったのでしょうか。 久田 大阪にも「グリ下」のように、メディアが名付けた溜まり場がありますよね。結局は「言いやすい」というだけで、本質は「なんとなく集まった行き場のない子たちの集団」なんです。もちろん、ケンカや薬物といった問題は起きるでしょう。それは許されることではありませんが、ただ歴史的に見れば、「歌舞伎町にはもっとすごい連中がいくらでもいたよね」という感じで、少しクールに見てしまうところはありますね。 村井 先ほどの立ちんぼの女の子たちに、ヤクザが強く出られないという話がありましたが、トー横キッズに対しても似たような構図があるように感じます。それは相手が「取るに足らない」からなのか、それとも「手を出しにくい」からなのか、どちらなのでしょう? 久田 両方だと思います。「取るに足らない」というのもありますし、ヤクザからすれば「本当は自分たちが取り締まらなきゃいけない」という話もある。ですが、それ以上に大きいのが、2011年に施行された「暴力団排除条例」です。この条例のせいで、何か少しでも問題を起こすと、すぐに警察に逮捕されてしまう。だから暴力団側は非常に気をつけていて、「あまり手を出さない方がいい」と用心している感じですね。 村井 なるほど。もはや、ちょっと手を出すこと自体がリスクになっている、という背景があるわけですね。 久田 おっしゃる通りです。 構成/吉崎洋夫 【プロフィール】 久田将義 編集者、元月刊「実話ナックルズ」編集長 1967年東京都生まれ。『実話ナックルズ』編集長を経て『月刊選択』『週刊朝日』編集部に在籍。現在はニュースサイト運営、編集者。著書に『関東連合 六本木アウトローの正体』など。新著に『教養としての新宿・歌舞伎町』がある。 村井弦 「文藝春秋PLUS」編集長 1988年、東京都稲城市出身。2011年4月に株式会社文藝春秋に入社し、「週刊文春」編集部に配属。2015年7月、「文藝春秋」編集部。2019年7月、「文藝春秋digital」プロジェクトマネージャー。2021年7月、「週刊文春電子版」デスク。2024年7月から「電子版統括編集長」となり、2024年12月に映像メディア「文藝春秋PLUS」編集長に就任。 この街の裏側を見ることで、いまの日本が見えてくる。インタビューでは語りきれなかった歌舞伎町の現在地については、久田将義氏の著書『教養としての新宿・歌舞伎町』で。 ■+BOOK TALK ヤクザ、トー横、立ちんぼ、ホスト 歌舞伎町の裏