最愛の息子の写真を持つ父の手…「明日も生きようと思える支援が必要」事件から16年、終わらない闘い【男子高校生刺殺事件/連載第4話】

■事件から16年…終わらない被害と闘う 「被害者支援は、かわいそうな人を助けることではないんです。理解して社会の構造を変えることなんです」 最愛の息子を事件で失った堤敏さん(67)が、被害者遺族として支援の重要性を語りました。 堤さんの息子・将太さん(当時高校2年・16)は、2010年10月4日、神戸市の路上で、見ず知らずの少年に殺傷能力の高いナイフで何度も刺され殺害されました。 将太さんの父・敏さんが事件により失われた「家族の平穏な日々」「犯人が逮捕されるまでの約11年間の闘い」そして「被害者支援の在り方」について、先月(7月)31日、鳥取市で開かれた講演会で訴えました。 ■「息子の痕跡を探す旅」すら奪う重い病ー終わらない遺族の苦悩 心身をむしばむ重い病は、残された夫婦から「ささやかな救いの時間」すらも奪っていきました。「息子との思い出の地」を巡ることができなくなった現在の過酷な状況を、寂しげにこう語ります。 (堤 敏さん) 「途中で帰ってきてしまうということもありました。家内は看護師なんですね。当時、家内は勤務がシフト制、3日仕事して1日休むっていうような、そんな勤務でした」 「(家内は)休みで家で1人でいると、 『家ん中静かすぎて、落ち込んでしまうねん』 そう言われたことあったんです」 「家内を1人で家に置いておくのがほんとに心配で、事件後数年間は、私も家内の休みに合わせて仕事を休んでいました。家内も、看護師でありながら、あのとき自分は何にもできなかった、何にもしなかった、と自分を責めています」 「事件に巻き込まれて被害に遭うと、被害を受けたその人だけではなくて、その家族にまで被害が及び、人生まで変えてしまいます。残されたきょうだい、子どもたちもそれぞれ心に傷を抱え、人生が変わりました」 「私は事件後、体を壊して病院通いを続けていたんですけども、令和元年に、いよいよその痛みに耐えきれなくなって、入院、手術、それを繰り返して、その年に仕事を早期リタイアしました」 「家内はストレスが原因と思われる病気になって、現在も治療中です。今でもかなりしんどい思いをしてると思います。難病指定にもされるような病気です」 「事件後は、家内と2人で息子と出かけた場所を巡りました。息子との思い出がある場所や、そこに行くまでに立ち寄った先、高速道路のサービスエリアまでも巡りました」 「そこの場所に行っては、 『ここで将太とあんなことしたね、ここで将太はどうやったね』、 そんなこと言って息子の痕跡を探して回りました。それが病気のために、遠出をする自信がなくなって、いつからか、よほど調子が良いとき以外は出かけなくなりました」

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