「警察署通いも天職です」風営法特化の “トップ行政書士” 不登校の少年が風俗案内所で見つけた “居場所” とは

難関国家資格を武器にして、夜の街で生きる人々を支える専門家がいる。彼らは、なぜこの世界を選び、どんな修羅場をくぐってきたのか。異色の経歴と仕事の流儀に迫る。 「行政書士が扱う許認可は、約1万種類あるともいわれています。ただ、開業してから、ウチのお客さんはほぼ100%が風営法関係です」 高村直が代表を務める「ごたんだ行政書士事務所」は、性風俗に特化した行政書士事務所だ。 行政書士は、飲食店や建設業などの営業許可申請をはじめ、法人設立に必要な書類や契約書の作成、在留資格(ビザ)に関する申請や帰化申請の支援など、官公署に提出する書類の作成や手続きを担う国家資格者だ。 「建設業やビザの仕事はやっていません。ここまで特化した行政書士は、いないと思います」 平日の朝、高村の一日は警察署へ行くことから始まる。取材があった週も、警視庁管内の中野署、新宿署、小岩署のほか、千葉県警管内の柏署や四街道署にも足を運んだ。高村の業務で現在多いのが、同人AVなどの “映像送信型性風俗特殊営業” の届け出で、この週も4件が同案件だった。 「ファンティア、マイファンズ、FC2などのプラットホームで撮影したアダルト動画や画像を販売する場合、販売者自身による警察への届け出が必要なんです。販売するアカウントごとに手続きが必要で、たとえば法人に所属する女性が10人いて、それぞれが3つのサイトに販売ページを持っていたら、全部で30件の届け出が必要になります」 警察庁の統計によると、映像送信型性風俗特殊営業の届出数は、2021年の2935件から、2025年は5449件と倍増している。トップクラスになると、億単位を売り上げることもある「ジャパニーズドリーム」の世界で、その裏方を担うのが高村なのだ。もちろん、リアルな性風俗に関する依頼も事務所の重要な柱だ。 「現在は、風営法や都道府県の条例により、ソープ、箱型ヘルス、店舗型エステなどは営業できる地域が厳しく制限され、開業は難しいんです。このため、最近はマンションの一室で営業していたメンズエステが、禁止区域内営業での摘発を避けるべく、派遣型へ切り替えられるケースも多いです」 こうした性風俗産業では、法律の知識不足が摘発につながることもある。高村が行政書士を目指した理由のひとつはこのような「つまらない逮捕」を減らしたいと考えたからだ。 「法律を知らずに捕まるのは、もったいないと思うんです。昨日来た相談者も『お店で女のコが隣に座ったら “接待” だけど、カウンター越しなら大丈夫』と考えていました。カウンターを挟んでいても、特定のお客さんと談笑するなど、実態によっては接待にあたり、風俗営業の許可が必要です」 高村のように法律の知識を持ち、活用している行政書士は現場に強い。 「法律に従って許可を取り、届け出をする。当たり前のことをやる。それだけでも、防げる逮捕はあります」 ■大学生時代の通称は “五反田の名案内人” 高村が夜の街にこだわる理由は、高知県で過ごした少年時代にさかのぼる。 「父は銀行員、母は薬剤師でした。400年以上続く旧土佐藩の武士の家系で、僕も家を継ぐことを求められていました。そのためか、しつけは厳しく、父に手を上げられたり、罵声を浴びせられたりすることもありました。僕は小学5年生で胃炎になり、不登校になってしまいました」 だが、家に閉じこもりきりの不登校ではなかった。学校には行かなかったが、ゲームをし、本を読み、友人を家に呼んで遊んでいた。 「塾で勉強をして、中学受験で中高一貫の進学校に合格しました。でも、通ったのは中学1年生の1学期ぐらいです。その後は高校2年生までほとんど不登校で、最後の1年間だけ学校へ行きました」 両親との関係は悪く、早く家を出たかった。 「ろくに勉強はしていませんでしたが、東京の大学に入学しました」 高村の人生を変えた男、日景忠男との出会いは2004年、大学3年生のときだった。五反田のキャバクラでボーイの面接を受けたが、「学生は雇えない。向かいの風俗無料案内所がアルバイトを募集している」と紹介された。その案内所にいたのが、俳優の故・沖雅也さんの養父としても知られる日景だった。高村は翌日から店頭に立った。 「飲みですか。それとも抜きですか」 客の好みや予算を聞き、キャバクラや風俗店を紹介する。夜の街への興味のおかげか、店の特徴、客の好みをすぐに覚え、 “五反田の名案内人” と呼ばれるほどになった。 「『水を得た魚』とは、あのころの僕のことです。それまでは、家庭でも学校でも自分の居場所がなかった。でも、夜の街で初めてお店やお客さんから必要とされたんです」 大学卒業後、一般企業に就職したが、わずか3カ月で辞め、すぐに風俗案内所に戻ってきた。その後、自ら会社を設立し、ビルメンテナンス事業と風俗案内所を経営した。 2015年、 “東京の父” と慕った日景が亡くなった。家族ぐるみのつき合いのなか、生前の日景から繰り返し言われていたのが「お前はまだ若い。次のステップへ行け」という言葉だった。 「何をすべきか悩みながら、MBA取得を目指して大学院に入学しました。2年間、必死で勉強しました。見えてきたのは『夜の街と行政との架け橋になる』という人生を貫くテーマです」 修士論文のテーマは「歓楽街の街づくりモデル」。大学院の学位授与式では総代を務めた。周囲からも行政書士を目指すことをすすめられた。 「2019年に案内所の事業を譲渡して、収入源をほぼ断って自分を追い込みました。会社員なら、落ちても来年があります。でも、僕には浪人という選択肢はありませんでした」 毎日、資格予備校へ通い、朝起きてから夜眠るまで勉強をした。 「2020年度の行政書士試験に一発で合格しました。翌年に事務所を構えたときには、すでに開業を待ってくれていたお客さんがいました」 ■「SOD LAND」営業再開にフル稼働 現在、事務所は6年め。風営法一本の業務内容で、約5万人いる行政書士の「上位1~3%には入る」と本人は言う。印象深い仕事は、大手AVメーカー、ソフト・オン・デマンドが東京・歌舞伎町で運営する「SOD LAND」の営業再開支援だった。 「2023年、風俗営業の許可を取らずに接待をともなう営業をしたとして摘発されました。それを受けて、営業方法を見直すことになったのです」 摘発翌日から、営業再開へ向けて動き始めた。メーカーの法務部と連日のように協議を重ね、約3カ月後には風俗営業の許可申請にこぎつけた。 「壁を壊し、マジックミラーの衝立も撤去しました。 “ドキドキ感” を残しながら、風営法に適合させるのは本当に大変でした」 夜の街を知り尽くしたプロとして、難題をクリアしてきた高村。意外にも、ふだんは朝7時台に家を出る生活を送っているという。 「帰宅は夜12時近くですけどね。この業界が好きですし、毎日が充実しています。警察署に行くのも、書類を作るのも、現場に顔を出すのも、基本的には自分でやりたい。天職に出合えたと思っていますし、ストレスはゼロです」 自分を初めて受け入れてくれた夜の街。その街を支える側となった今、高村は毎朝の警察署通いを、心の底から楽しんでいる。 たかむらなお 1982年生まれ。「ごたんだ行政書士事務所」代表。「風俗案内所から数えると、夜の街での経験は20年以上あります。デリヘル、キャバクラの経営者など、どんなお客さんが来ても対応できるのが強みです」。これからも “風営法特化” という専門性を高めていくという 取材/文・松本祐貴 雑誌記者、出版社勤務を経て、フリー編集者&ライターに。著書に『ルポ失踪』(星海社新書)など。「東洋経済オンライン」で「『現金とっぱらい』の現場で」を連載中

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