「全員を死刑にしたかった」 仕事に行った娘は帰らぬ人に 母親が感じた“司法の壁” 19年目の告白【名古屋 闇サイト殺人事件 中編】

■「全員を死刑にしたかった」 仕事に行った娘は帰らぬ人に 2007年8月24日に起きた「名古屋闇サイト殺人事件」。 最愛の1人娘・利恵さんを突然奪われた母・磯谷富美子さんは、事件後 加害者への死刑を求めて署名活動を続けました。 求め続けてきた死刑が執行されても、そこにあったのは嬉しさではなかったといいます。 事件から19年。娘を奪われた悲しみ、死刑を求め続けた理由、そして死刑執行を知った時に感じたこと。全国で広がりを見せる「闇バイト」事件に思うこと。磯谷さんが今、率直な思いを語ります。 聞き手:大石邦彦(CBCテレビ論説室長) この記事は中編です。前編と後編は以下のリンクから読むことができます。 【前編】「2・9・6・0」 娘が残した最後のメッセージ 命がけで守った口座には… 母親への“プレゼント”が 【後編】3人の男に突然奪われた娘の命 「私がやってあげられることはこれくらいしか…」 2007年8月24日、仕事から帰る途中だった磯谷利恵さん(当時31歳)は、自宅近くの路上で3人の男に車で連れ去られ、現金6万円余りを奪われたうえ殺害されました。 ■「全員を死刑にしたかった」立ちはだかる司法の壁 事件後、男3人全員の死刑を求めて署名活動を始めた富美子さん。利恵さんの5年目の命日まで活動を続け、33万人余りの署名を集めました。 大石:署名活動をするにあたって、いろんな壁も感じたと思います。それはどんな壁なんですか。司法の壁なのか、世論なのか。 磯谷さん:一番大きかったのはやっぱり「司法の壁」ですね。だから私は被害者1人でも凶悪な事件になると死刑判決が出るよと残してあげたかったんです。そしたらその判決とともに、娘が生きてるのを感じることができるかなって思ったんですけど、やっぱりとっても難しくって。今の司法制度自体に疑問はすごくあります。 大石:当時、永山基準というのがあって、殺害された人が2人の場合に死刑というような、厳格な基準ではないんですがそういった基準があって、その中で被害者が1人なので、これは死刑に値しないのではないかというような流れは司法にありましたよね。 磯谷さん:そうですね。それを破りたかったんですよね、本当は。全員を死刑にしたかったんで。

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