【09月18日 KOREA WAVE】韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)前大統領が、内乱首謀罪に問われた控訴審で、2024年12月3日の非常戒厳について、1980年5月17日の非常戒厳宣布時と比較しながら、市民への被害を減らすため午後10時に国民向け談話で宣布したとの主張を展開した。 ユン・ソンニョル氏は17日、刑事高裁刑事12-1部で開かれた内乱首謀事件の控訴審公判で、自ら弁論する機会を得て「私が本当に悪い考えを持っていたのなら、急ぐ必要があったでしょうか」と述べた。 さらに「国土交通相や産業通商相が来るまでゆっくり待って、午前0時ごろにしてもよかったし、あえて談話をする必要があったでしょうか」と主張。「明け方に宣布し、報道機関にゆっくり知らせてもよかったのに、放送で知らせた」と語った。 大学時代の記憶だとした上で、1980年の光州事件当時について「新軍部は午前0時に国務会議(閣議)を開いて戒厳を宣布したが、国民向け談話の放送もなかった。長官が光化門の中央庁記者室の黒板に戒厳宣布に関する内容を告知したと記憶している」と述べた。 ユン・ソンニョル氏は「国民が就寝する前に放送で知らせる必要があるため、少なくとも午後10時には国民向け談話をしなければならないと考えた」と説明。「国民の被害と混乱を最小限にし、治安維持の兵力も最小限にしながら国会に対応できるよう時間を決めた。憲法上の手続きを最大限守り、不測の事態をできるだけ防ぐためだった」と改めて主張した。 ユン・ソンニョル氏は内乱首謀罪の一審から、自ら宣布した非常戒厳は「メッセージ性」のあるものだったとの主張を続けてきた。巨大野党の横暴による憲政秩序の危機を知らせる趣旨だったとしている。 一方、一審は2月19日、2024年12月3日の非常戒厳を刑法上の「内乱」と認定。「核心は軍を国会に送ったことだ」とし、軍を動員して国会を占拠したり議員を逮捕したりする行為は、国会をまひさせ、相当期間にわたり事実上機能できなくする目的で軍を動員した暴動に当たると判断した。 (c)KOREA WAVE/AFPBB News