5歳の息子が一人で家の外を歩いた。4日後、私に逮捕状が届いた(海外)

キャリヤン・パーキンソンは、ゲート付き高級住宅街の敷地内で、5歳の息子を1人で約800メートル歩かせた。警察が自宅を訪れ、その後に児童保護サービスの職員も現れたことに、彼女は衝撃を受けた。未成年者の非行を助長した罪で有罪となり、懲役6カ月(執行猶予付き)の判決を言い渡された。<本稿は、アメリカ・バージニア州在住の弁護士志望者、キャリヤン・パーキンソン(36)へのインタビューに基づいている。読みやすさと長さを考慮し、編集を加えている>5人目の子どもの誕生を2週間後に控えた2026年6月初旬、私の人生は一変した。妊娠8カ月半だった私が玄関を開けると、私たちが暮らすゲート付き住宅街※の警備員が立っていた。警備員の後ろには、5歳の息子サムがいた。怯えた様子のサムは、自宅から約800メートル離れた住宅街敷地内の池で拾ったガチョウの羽を、両手いっぱいに抱えていた。※編注:アメリカでは防犯のため、敷地全体がフェンスや壁で囲まれ、出入口にはゲート(門)と24時間体制の警備員を配置した高級住宅地が存在する。住民や許可された関係者以外は入ることができない。近隣住民の結びつきが強かった日課の散歩とサイクリングから戻った後、サムがもっと羽を集めたいと言ったため、私は1人で行かせた。近隣住民同士の結びつきが強く、誰もが顔見知りだった。24時間体制の警備があり、車両の制限速度は時速25マイル(約40キロ)。歩道や幅の広い緑地帯も整っていた。サムは責任感があり、自立した子どもだった。私や夫のダリン(37)、そして上の子どもたち(現在は7歳、11歳、14歳)と一緒に、その道を何百回も歩いていた。しかし、通行人がサムを見かけて警備員に知らせたのだという。警備員は、子どもが1人で外を出歩くのは規則違反であり、住宅所有者組合も認めていないと主張した。私は、子どもが1人でいることを禁じる規約など聞いたことがないと答えた。すると、警備員は州法に違反するため警察に通報すると告げた。警察官が自宅のドアをノックした私は昼食作りを続けながら「あの警備員はずいぶんと大げさな人だ」と思った。警察にはもっと優先すべき仕事があり、何も起こらないだろうと考えていた。10分後、警察官が玄関をノックした。私は、サムが池に行くことを許可していたと伝えた。その頃にはかなり腹を立てており、「その件についてあなたと話すつもりはまったくありません」と言った。警察官は、児童保護サービス(CPS)を呼ぶと言い、車を動かして私道をふさいだ。さらに警察車両が2台到着し、その後にCPSの職員2人が続いた。私はメンタルヘルスカウンセラーをしている夫に電話をかけ、帰宅してほしいと頼んだ。夫が戻るまで、私はサムと一緒に家の中に閉じこもっていた。夫は警察官たちに「これは適切な対応とは思えません」と伝えた。私と同様、夫も2023年に成立したバージニア州の「子どもの合理的な自立に関する法律(Reasonable Childhood Independence Law)」を把握していたのだ。息子は成熟していて責任感があったこの法律によれば、子どもを重大または明白な危険にさらした場合にのみネグレクトが成立し、年齢について下限は設けられていない。自立は年齢に応じたものであるべきだが、子ども一人ひとりの成熟度や能力を考慮する必要がある、とされている。ダリンと私は、サムが成熟していて責任感のある子どもだと常々認めていた。テニス教室に通い、自信を持って泳いでいた。池まで歩いて行くことは、彼の性格や成熟度に合っていた。それでもCPSは、サムが1人で出歩くには5歳という年齢は幼すぎると主張した。夫に促され、私は外に出て話し合うことにした。とても居心地の悪い経験で、さらし者にされているように感じた。CPSの職員は、サムを常に大人の監視下に置かなければならないと定めた安全計画に署名するよう求めた。私は拒否した。職員が家の中を調べ、他の子どもたちの名前と生年月日を記録しようとしたが、何も悪いことはしていないため断った。妊婦として屈辱的だった4日後、当局は私の逮捕状を出した。無償で代理人を務めてくれた友人の弁護士、アンドリュー・ゴードンに相談した上で、私は逮捕状に署名した。その後の2週間はひどいものだった。私は再び新生児の母親になる心構えをしようとしていた。赤ちゃんの健康が心配だった。特に出産間近の身には、あまりにも屈辱的だった。恥ずかしく、さらし者にされたように感じた。6月下旬に出産した際も、まるで人目にさらされているような居心地の悪さを感じていた。CPSは、家庭環境が安全かどうかを確認するために家庭訪問を行った。7月中旬──ちょうど私たちの16回目の結婚記念日のことだった──申し立てが事実と認定されたという通知書が届いた。私は7年間、バージニア州の児童虐待・ネグレクト登録簿に登録され、子どもたちの学校でボランティアをすることを禁じられた。それだけではなかった。私は未成年者の非行を助長したとして、刑事上の軽犯罪で起訴された。この容疑は8月末まで私に重くのしかかり続けた。そして私は、ウィリアムズバーグにあるジェームズシティ郡の青少年・家庭関係地方裁判所で裁判官の前に立った。私は無罪を主張した。身に覚えのない罪を認めることは、私の信条に反していたからだ。懲役6カ月、執行猶予付きの判決このストレスは、ダリンや子どもたちにも影響を及ぼした。7歳の娘は特に心配していた。私たちは娘と多くの時間を過ごし、「ママは刑務所に行かない」と言い聞かせた。それでも、裁判官は証拠を確認し、私に6カ月の刑を言い渡した。刑は直ちに執行猶予となった。アンドリューは即座に控訴した。私たちは陪審員による審理を望んでいるからだ。審理はクリスマス前、または来年初めに行われることを願っている。私たち家族は最近引っ越した。主な理由は、私の新しい仕事が決まったためだ。しかし、あの住宅街にとどまり続けるのは限界だと感じていたのも事実だ。私たちはもう、歓迎されていないと感じていた。起きたことを振り返ると、気持ちが沈む。人々は恐怖を前提に子育てをするよう刷り込まれている。親として何らかの落ち度や不備があると見なされれば、近隣住民は手を差し伸べる代わりに通報に走る──そんな歪んだメンタリティが根づいている。とはいえ、子どもには自立してほしいという思いに共感が広がっていることには救われている。親たちには、子どもの目を見て、その子に何ができるのかを見極め、外へ送り出すだけの勇気を持ってほしい。私たちは、子どもへの自信と信頼、愛情を起点に子育てをするべきだ。

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