【対談】ロビン×ザラ・ラーソン、2大ポップスターの生き方──ユーモアを武器に、女性蔑視と闘い、自分らしさを貫く

今年3月にリリースした最新アルバム『Sexistential』も話題のロビン(Robyn)と、『Midnight Sun』ツアーで一大旋風を巻き起こし、東京公演を大盛況のうちに終えたばかりのザラ・ラーソン(Zara Larsson)。スウェーデンを代表する2世代のポップスターが、母国ストックホルムで対談。マドンナ、女性蔑視、自分らしい音楽を作り続けることについて、笑いを交えながら語り合った。スウェーデン語が堪能でなければ、ザラ・ラーソンとロビンが今まさに夢中になっている会話の内容を聞き取るのは難しい。2人のポップスターは、ストックホルム中心部にあるSoho House Stockholmのソファに腰掛け、身を寄せ合うようにして話し込んでいる。かつてメソジスト派の教会だった建物を改装した、今では街の人気社交スポットだ。今回、2人は米Rolling Stoneの特集「Musicians on Musicians」のために顔を合わせた。何を話しているにせよ、よほど面白いに違いない。ロビンが一瞬だけ英語に切り替え、何の脈絡もなく「パワーベイビーを作ろう」とひと言発すると、ザラがひときわ大きな声で笑い出した。こうして2人で過ごす機会は、そう多くない。「2人ともスウェーデン人なのに、英語で話すのって変な感じですよね」。カメラが回り始めるとザラはロビンに語りかける。「でも、私たちは長年、仕事でそうしてきましたからね」ロビンがスターへの階段を上り始めたのは、ザラが生まれる数年前のことだった。1995年、16歳でデビューアルバム『Robyn Is Here』を発表。収録シングル「Show Me Love」には、スウェーデンが輩出したポップ界の大物プロデューサー、マックス・マーティンが参加していた。それから10年以上を経て、生々しいほど率直な感情を歌った「Dancing on My Own」が、彼女の楽曲群にさらなる注目を集めることになる。同曲はやがて、ロビンを象徴するアンセムとなった。一方のザラは、当時17歳だった2015年に、初期のヒット曲「Lush Life」と「Never Forget You」をリリース。この2曲は、2025年の通算5作目となるアルバム『Midnight Sun』によって訪れる飛躍を、わずかながら予感させるものだった。ポップスターとして成功したいという強い野心は、長年にわたってザラを突き動かしてきた。同時に、何があろうと自分らしくあり続けるという信念も、彼女を支えてきた。キャリア初期のロビンが、同じような姿勢を貫いたことで嘲笑されていたと知り、ザラは理解に苦しむ。ポップスターが堂々と自分の意見を主張することを、なぜ嫌がる人がいるのだろうか(ザラ自身も、中絶の権利を支持する発言をしたことで、300万ドル=約4億7600万円のブランド契約を失ったと明かしている)

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