「なぜあの子が性加害者になったのか」 性犯罪を減らすために必要なのは「問題児対策」だけではない

近年、性犯罪を防ぐために、学校での性教育を充実させるべきとの意見が少なくない。しかし、知識を身につけることと、犯罪を防ぐことは必ずしもイコールではない。子どもたちが将来、加害者にならないために大人は何ができるのか。少年院で加害少年と向き合ってきた宮口幸治氏による朝日新書『なぜあの子が性加害者になったのか』から、一部抜粋してお届けする。* * *■はじめに 昨今、性犯罪に関するニュースを目にしない日はありません。社会的地位のある人や市民の安全を担う立場にある人が、痴漢や盗撮といった行為で逮捕されるケースもあり、「なぜ、そのようなことを?」と疑問を抱いたことのある人も多いのではないでしょうか。また、子どもを標的とした性犯罪も後を絶たず、教師による教え子へのわいせつ行為や盗撮などは深刻な社会問題となっています。 それらに対し、近年は法律の改正によって処罰の対象が拡大され、刑罰も厳しくなってきました。「こども性暴力防止法」(日本版DBS)も成立し、学校や保育施設などで働く人について、一定の性犯罪歴の有無を確認する仕組みの導入も進められています。 しかし、そのような対策が進められているにもかかわらず、性犯罪に関する報道は後を絶ちません。多くの人が、自分や家族が被害に遭うのではないかという不安を抱いています。特に女の子を育てる親であれば、「わが子が性被害に遭わないだろうか」と心配になることがあるでしょう。一方で、男の子を育てる親や、子どもに関わる支援者の中には、子どもが性的な言動に関心を示したとき、「将来、性加害者になってしまうのではないか」と不安を感じる人もいます。 つまり、子どもに関わる大人の多くは、次の2つの不安を抱えているのではないでしょうか。・この子は将来、性被害を受けないだろうか。・この子は将来、性加害者にならないだろうか。 本書は、後者の問い、すなわち「この子は将来、性加害者にならないだろうか」という不安に焦点を当て、それらを予防するために家庭や学校、地域で何ができるのかを考えていくものです。 私は長年、少年院で多くの性加害を行った少年たちと向き合ってきました。ところが今、こういった問題は矯正施設だけのものではなくなり、学校現場でも頻回にみられ、生徒の性問題行動への対応に悩む教員や支援者が増えています。 忘れてはならないのは、性加害の背後には必ず被害者が存在することです。性加害によって心や身体に深い傷を負い、その後の人生に大きな影響を及ぼすこともあります。だからこそ、性加害が起きてから対応するだけではなく、性加害そのものを未然に防ぐための教育や支援が求められているのです。 こうした状況を受け、近年では性に関する教育のあり方を見直そうとする議論が活発になっています。性犯罪を防ぐためにも、学校における性教育を充実させるべきだという意見も少なくありません。2025年12月、参議院文教科学委員会にて某議員が「性犯罪が増え続ける中、学校の性教育は不可欠だ」と指摘しました。しかし私は、ここで一つの疑問を感じます。「性犯罪を防ぐために性教育だけで本当に十分なのか」 もちろん性教育には包括的な内容も含まれます。ただ「性教育」と聞くと、やはり二次性徴や月経、妊娠、性感染症といった生物学的な内容をイメージされる人も多いのではないでしょうか。特に私たちの世代は、十分な性教育を受ける機会が少なかったためそう感じてしまいますし、実際、現状は大きくは変わっていないでしょう。 性教育は必須です。性について正しい知識を身につけることは、望まない妊娠や性感染症を防ぐだけでなく、自分や他者の身体や権利を尊重することにもつながります。しかし性についての知識を身につけることと、性犯罪を防ぐことは、必ずしも同じではありません。たとえ男女の身体の違いやプライベートゾーン、妊娠、性感染症についての正しい知識や、被害者にならないための予防的知識をもっていたとしても、それだけで性加害自体を減らせるとは限りません。今の性教育の重要性を否定するつもりはありません。しかし性犯罪の予防という観点から考えたとき、性教育だけではなく、「なぜ人は性加害に及ぶのか」「どうすれば性加害を未然に防げるのか」という視点について、もっと掘り下げて考えていく必要があるでしょう。 学校での性教育をめぐる議論では、いわゆる〝はどめ規定〞(学校教育において性交に関する学習を原則として扱わないとする考え方)がしばしば取り上げられます。この規定を見直すべきだという意見もありますが、それだけが本質的な問題とは思いません。 なぜなら、現代の子どもたちは、インターネットを通じて膨大な性の情報に簡単にアクセスできるからです。子どもたちはすでに多くの情報に触れています。その際によく指摘されるのが、「インターネットには歪んだ性の情報があふれている」という問題です。確かにその通りでしょう。しかし、ここで考えなければならないのは、「正しい情報」と「誤った情報」を誰がどのように判断するのかということです。 生殖や妊娠、性感染症などの生物学的な知識については、科学的根拠に基づいた正確な情報を学ぶ必要があります。一方で、人との付き合い方や恋愛観、結婚観、性に対する考え方などは、個人や家庭、文化によって価値観が異なる部分も少なくありません。だからこそ、これからの時代に求められるのは、単に知識を教わることだけではなく、多様な性に関する情報の中から信頼できる情報を見極め、自分で判断する力でしょう。そのためには、学校や家庭で学ぶだけでなく、友人や先輩、信頼できる大人との対話を通して、さまざまな性に関する考え方に触れることも大切だと考えます。 ところで、私が勤務してきた少年矯正施設においても、性加害への対応には大きな課題がありました。その一つは、少年に対する教育や指導において、成人の性犯罪者を対象として開発された理論やプログラムをもとに作成・修正された教材が用いられていたことです。私はその実践を見ながら、少なからぬ違和感を抱いていました。なぜなら、実際に出会った多くの少年たちは、成人の性犯罪者にしばしばみられるような固定化された認知の歪みや逸脱した性的関心を示していたわけではなかったからです。もちろん、そのような特徴を有する少年もいましたが、むしろ目立ったのは、対人関係スキルの未熟さ、家庭環境の問題、いじめ被害、学習面でのつまずきなど、さまざまな生きづらさやストレスを抱えているケースでした。 そして、そのような困難への対処が十分にできない中で、結果として性に関する問題行動として表出してしまったように見える少年も少なくありませんでした。 さらに重要なのは、性加害を行った少年の多くが、そのまま将来の性犯罪者になるわけではないということです。一方で、成人の性犯罪者の中には、子ども時代に顕著な性の問題行動が確認されていなかったにもかかわらず、成人後になって初めて性犯罪に及ぶ人が多数を占めます。このような人々は、しばしば「遅発型」と呼ばれています。つまり、少年による性加害と成人の性犯罪とでは、その背景や成り立ちが必ずしも同じではないのです。そう考えると、成人の性犯罪者を対象として開発された再犯防止プログラムを、もしその理論的前提を十分に検討することなく少年に適用しているとすれば、どのような意義があるのだろうか――。私は現場で性加害少年たちと向き合う中で、そのような疑問を抱くようになりました。 再度、強調しますが、子ども時代の性の問題行動と成人後の性犯罪は、必ずしも一直線につながるわけではないということです。性犯罪者というと、「子どもの頃から問題があった人」というイメージをもつ人もいるでしょう。しかし、実際にはそう単純ではなく、成人になって性犯罪を行った人の多くは、子ども時代に特別な性の問題行動が確認されていたわけではないのです。整理すると、次の4つのパターンが考えられます。(1) 子ども・少年時代(性問題行動なし) ⇒成人(性犯罪なし) 大多数(2) 子ども・少年時代(性問題行動あり) ⇒成人(性犯罪なし) 大半(3) 子ども・少年時代(性問題行動なし) ⇒成人(性犯罪あり) 大半(これが特に問題)(4) 子ども・少年時代(性問題行動あり) ⇒成人(性犯罪あり) 少数 もちろん、支援の現場では(2)や(4)への対応も重要です。実際、子ども時代に性の問題行動がみられた場合には、認知行動療法などを用いた支援や再発防止プログラムが行われています。しかし、社会全体で考えたときに見落としてはならないのが(3)の存在です。成人後に性犯罪を行った人の中には、子ども時代には特に目立った性の問題行動がなかった人も少なくありません。つまり、性犯罪を減らすためには、性の問題行動を起こした一部の子どもだけに注目するのでは不十分なのです。必要なのは、「問題のある子ども」を対象とした対策だけではなく、すべての子どもを対象とした予防教育です。 ところが現在、学校で行われている性に関する教育は、被害予防や性の知識の習得が中心であり、「将来、性加害者にならないための教育」という視点は十分に取り上げられているとは言えません。子どもたちを性被害者にしないことと同じくらい、将来の性加害者にしないことも重要です。繰り返しますが、性犯罪を減らすためには、特定の子どもだけではなく、すべての子どもたちを対象にした加害予防教育が必要なのです。 以上を踏まえ、本書は次のような構成になっています。 第1章では、成人の性犯罪について取り上げます。本書の目的は、子どもたちを将来の性犯罪者にしないことです。そのためにまず、現在社会でどのような性犯罪が起きているのかを知る必要があります。特に、人を教育する立場や守る立場、あるいは社会に大きな影響力をもつ立場にありながら性犯罪に及んだ事例を中心に紹介します。これらの事例からは、性犯罪者を「子どもの頃から性の問題行動があった人」や「自身も性被害を受けた人」といった単純な枠組みだけでは理解できないことが見えてくるでしょう。 第2章では、性犯罪はなぜ起こるのか、なぜ繰り返されるのかについて、心理学や犯罪学などの研究知見をもとに考えていきます。また、子どもの性の問題行動と成人の性犯罪との違いについても整理しています。 第3章では、子どもへの性に関する教育の国内の現状や海外の動向を紹介し、その課題について検討します。 第4章では、子どもたちを将来の性犯罪者にしないために何ができるのかを考えます。特に、「社会性・共感の発達」「境界と同意の理解」「環境リスクの低減と家庭支援」という3つの視点から、具体的な予防のあり方を紹介します。 本書は、性教育の是非を論じるための本ではありません。子どもたちが将来、性加害者にならないために、大人は何ができるのかを考えるための本です。本書が、保護者や教育者、支援者をはじめ、子どもに関わるすべての人にとって、性犯罪予防について考えるきっかけとなれば幸いです。そして、その学びが目の前の子どもたちの健やかな成長につながることを願っています。(朝日新書『なぜあの子が性加害者になったのか』から一部抜粋)

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