「狭い部屋に1日23時間」ロシアに拘束された経験のある米紙記者が語った過酷な勾留経験、北海道新聞記者への支援を訴える「日本から声を上げ続けて」

ロシアで北海道新聞の記者が拘束されているなか、ロシア当局に拘束された経験があるアメリカ人記者が、HBCの単独インタビューに応じました。■米記者がロシア勾留経験を語る「日本から声を上げ続けて」『ウォールウォール・ストリート・ジャーナル』エヴァン・ガーシュコビッチ記者(10月17日)「私はウォール・ストリート・ジャーナルの記者です。ロシアで作られたスパイ容疑によって逮捕された最初の外国人特派員です」取材に応じたのは、アメリカの有力紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」のエヴァン・ガーシュコビッチ記者です。2023年3月、ロシアで取材中にスパイ容疑で拘束され、翌年、懲役16年の判決を受けましたが、西側諸国との大規模な「身柄交換」で釈放されました。拘束は、1年4か月に及びました。■「1日23時間閉じ込められた」狭い房内と過酷な収容生活ガーシュコビッチ記者「拘置所での生活は、精神的に非常につらかった」ガーシュコビッチさんが勾留されたのは北海道から、北海道からおよそ6900キロ離れたモスクワのレフォルトボ拘置所。13日にサハリンで拘束された北海道新聞の記者も今、同じ場所に身柄を置かれています。ガーシュコビッチ記者「部屋はとても狭く、机とベッドの間しか歩けない。部屋は6歩か7歩くらいの狭さでした。1日23時間、部屋に閉じ込められます」外の空気を吸えるのは1日1時間だけ。屋上に設けられたわずかなスペースだったといいます。ガーシュコビッチ記者「散歩の時間も、屋上にある別のスペースに移るだけです。天井はなくて、金属の網で覆われています」■心の支えとなった手紙と「ユーモアを忘れないこと」長い拘置所生活で、ガーシュコビッチさんを支えたのは、友人がロシア語に翻訳して届けてくれた手紙でした。ガーシュコビッチ記者「手紙は受け取ることができたので、自分はひとりではないと感じられた」自分の解放に向けて動いている人たちがいる。手紙で知ったその事実が希望になったといいます。そして、自分を支えるためこんなことを心がけました。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加