犯罪、薬物依存、信仰──70年代LAが生んだ“幻の歌姫”の知られざる生涯

映画『ジュディ・シル 贖罪のシンガーソングライター』が10月23日より日本公開される。虐待に満ちた幼少期を送り、犯罪にも手を染めた末に、1970年代で最も人を惹きつけるシンガー・ソングライターのひとりとなったジュディ・シル(Judee Sill)。2021年初出の本記事では、映画の共同監督であるアンディ・ブラウンとブライアン・リンドストロームをはじめ、劇中にも登場するJ.D.サウザー、グラハム・ナッシュ、リンダ・ロンシュタット、ジャクソン・ブラウンら、彼女を知る人々が、その素顔と才能を証言する。さらに、アンディ・パートリッジ(XTC)やナタリー・マーリング(ワイズ・ブラッド)など、彼女の音楽に魅了されてきたミュージシャンたちの声も収録。日本にも信望者は多く、草野マサムネ(スピッツ)、坂本美雨、中納良恵(EGO-WRAPPIN’)、原田郁子(クラムボン)らが映画に推薦コメントを寄せている。死から45年以上を経た今、世界はようやく彼女を正当に評価する準備ができたのだろうか? *1971年のある夜、J.D.サウザーはデヴィッド・ゲフィンに強く勧められ、メルローズ・アベニューにある小さなクラブへ足を運んだ。「僕はちょうど、ポップ・アーティストの大半はなんて浅薄なんだ、曲作りだってほとんど表面をなぞるだけで、その奥まで踏み込めていない、って愚痴っていたんだ」と、イーグルスの大ヒット曲を何曲も共作したサウザーは笑いながら振り返る。「そしたら彼が、『契約したばかりの女の子を観に行けよ。ジュディ・シルっていうんだ』と言った」サウザーは客席に座り、アコースティック・ギターを抱えた当時27歳のミュージシャンに目を向けた。長いハニー・ブロンドの髪に、丸いワイヤーフレームの眼鏡。すると客のひとりが、ジュディ・コリンズの「Both Sides Now」をやってくれと声を上げた。「まず、あの曲を書いたのはジュディ・コリンズじゃない。それくらいちゃんと知っておいて」とシルはそっけなく返した。「それに、彼女が歌うのを聴きたいなら、なんでここにいるの?」。サウザーは圧倒された。「すごい。この人とは絶対に知り合わなきゃ、と思ったよ」1970年代初頭のほんの短い間、ジュディ・シルはロサンゼルスで最も将来を嘱望されたアーティストのひとりだった。彼女は、デヴィッド・ゲフィンがエリオット・ロバーツと立ち上げたアサイラム・レコードと契約した最初期のミュージシャンのひとりだった。同レーベルはのちにイーグルス、リンダ・ロンシュタット、ジャクソン・ブラウンらを擁することで知られるようになる。シルはグラハム・ナッシュのプロデュースを受け、彼女の曲はタートルズ、ホリーズ、キャス・エリオットらにカバーされた。しかし、レーベルメイトたちとは違い、彼女が名声や成功を手にすることはなかった。シンガー・ソングライターの時代が終わると、シルもまた、その時代とともに姿をくらます。そして1979年11月23日、薬物の過剰摂取によって亡くなった。その後何年もの間、シルは世間からほとんど忘れられた存在だった。希少な廃盤レコードを探し当てたり、インターネットで日本盤CDを買ったりした人々の間で、カルト的に愛されていたにすぎない。しかし21世紀に入る頃、その状況は一変する。死後作品のリリースや数枚の再発盤によって、彼女の音楽が再び聴けるようになったのだ。それ以降、シルへの評価は折に触れて高まってきた。リン=マニュエル・ミランダ(映画『ハミルトン』『モアナと伝説の海』などで知られる作曲家・作詞家・俳優・劇作家)は公にシルのファンだと明かしているし、グレタ・ガーウィグはノア・バームバック監督の映画『グリーンバーグ』でシルの「There’s a Rugged Road」を歌っている。そして現在、長い期間を費やして制作されているドキュメンタリー『ジュディ・シル 贖罪のシンガーソングライター』によって、本格的な再評価の波が訪れるかもしれない。歌詞にちりばめられた宗教的イメージであれ、バッハの影響を受けた華麗なオーケストレーションであれ、シルには聴き手を引き寄せる神秘的な力がある。彼女のファンで、ただ何となく好きという人はめったにいない。その魅力的で波乱に満ちた人生についてネットで読み始めれば、簡単に深みにはまってしまう。薬物に溺れた10代の頃には酒屋やガソリンスタンドを襲った。少年院ではオルガンを覚え、刑務所にも入った。そこで彼女は、ソングライターになることを夢見ていた。フレディ・マーキュリーでさえ自らのセクシュアリティを公にしていなかった時代に、シルはバイセクシュアルであることをオープンにしていた。交通事故で負傷し、そのひとつには『ホワイト・クリスマス』の俳優ダニー・ケイが関わっていたとも言われている。感謝祭の翌日、自宅のアパートでひとり亡くなった。こうした人生のすべては、彼女の繊細で魅惑的な音楽とはあまりにも鮮烈なコントラストをなしていた。あるいは、その歌こそが混沌とした人生から逃れるための避難所だったのかもしれない。あの夜、サウザーはシルのステージが終わるのを待った。そしてシルは、トライアンフのバイクで走る彼のあとを車で追い、自宅までついていった。「公園で犬が2匹出会って、『じゃあ、一緒に散歩するか』みたいな感じだった」と彼は振り返る。「ものすごく刺激的で、奇妙な関係へと発展していく、その完璧な始まりだった」

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