実際に起きた事件から着想を得て作られた、冤罪に立ち向かう男の闘いを描く映画『負けへんで』(11月13日公開)。内野聖陽演じる不動産会社社長の藤堂繁は、身に覚えのない罪で逮捕され、248日間の勾留によって自由を奪われながらも、無罪を勝ち取るために立ち上がる。そんな本作をひと足先に鑑賞したお笑い芸人のみなみかわは、裁判ものの作品が好きで、高校時代には木村拓哉主演のドラマ「HERO」に憧れ、検察官を目指したこともあったという。本作で描かれる脅迫まがいの取り調べを行う非道な検察や、藤堂を支える最強弁護士チームの姿を前に、みなみかわはなにを感じたのか。さらに、自身のお笑いの原動力となっている“怒り”や、最悪の状況を想定する独自のメンタル術についても語ってもらった。■「『HERO』は検察が大正義じゃないですか。リアルはどっちなんやろうな?」――みなみかわさんは、もともと裁判ものの映画やドラマがお好きだったんですか?「めちゃめちゃ好きですね。親が海外の裁判映画が好きやったんですよ。だから子どものころから『告発の行方』とか『陪審員』とか、かなり観ていて。一口に裁判映画と言っても、検察が正義に描かれることもあれば、弁護士や裁判官の視点で描かれることもある。いろんな立場からの作品を観てきたなと思います」――特に印象に残っている作品は?「高校生の時に観た『HERO』ですね。木村拓哉さん演じる検察官・久利生公平に憧れて、『もうこれは検察になるしかない』と思ったんですよ」――そこから実際に、検察官を目指して法律を学ぼうと?「そうです。関西大学の法学部に行きたかったんですけど、学力が足りなかったので(笑)。学費も安くしたかったから、夜間の二部に入ったんですよ。でも、大学に入って1か月ぐらい経ったころ、憲法の講義がまったく頭に入ってこなくて。帰り道にキャンパスをトボトボ歩きながら、『これは俺には無理だな』って、司法試験を目指すのは諦めました。挫折したきっかけは、いまでも明確に覚えています(笑)」――そんなみなみかわさんが『負けへんで』をご覧になって、どんなことを感じましたか?「『HERO』は“検察が大正義”の世界じゃないですか。でも、本作では検察が“冤罪を生みだす悪”として描かれている。『リアルな世界ではどっちなんやろうな?』って思いましたね。もちろん検察には、罪を犯した人を追及する重要な役目もある。でも、実際に冤罪が生まれたんやっていう意味では、考えさせられました」――映画の題材となった事件についてはご存じでしたか?「いや、知らなかったです。偶然にもモデルになった学校がオカンの母校だったので、なんとなく聞いたことがあったかな、ぐらいで。事件として知っていたわけではないです」――本当にあった事件に着想を得ている本作ですが、その事件を2時間の映画として観るなかで、どんな印象を持ちましたか?「実際の事件には、もっといろんな人物が絡んでいて、経緯も複雑なはずじゃないですか。でも、本作ではキーマンになる人をわかりやすく描いている。エンタメ性をプラスする一方で、削ぎ落とした部分もかなりあったと思います。そのおかげで事件の全体像を理解しやすく、内野さん演じる藤堂社長にも感情移入しやすかったですね。『こんなふうになったらどうしよう…』って、思わず想像してしまうような巻き込まれ方やったんで。物語の後半に『やり返す』ところも、物語としてめちゃくちゃ見やすかったです」■「『俺やったらこう言うのに、なんで言えへんねん』って、ずっと思ってました」――検察官による取り調べのシーンは、どのようにご覧になりましたか?「上から来るような物言いにもムカついたんですけど、なかでも『検察を舐めるな!』って恫喝してくるシーンはすごかったですね。あれを観ながら、僕が被疑者やったらどう言い返すかなって、めちゃくちゃシミュレーションしてました」――もし、みなみかわさんが検察官からあんなふうに言われたら?「僕だったら『どういう部分で舐めてるって感じました?』って聞くと思うんですよ。『いや、舐めてませんけどね』『どの言葉に侮辱されたと感じました?』とか。めっちゃやり合いたいですね(笑)。映画を観ながら、『俺やったらこう言うのに、なんで言えへんねん、藤堂!』『藤堂、なんでもっと責めへんねん!』って歯がゆく思ってました」――みなみかわさんは相手を追い込むようなやり取りが得意なのでしょうか?(笑)「僕、検察官にならなくて本当によかったと思います(笑)。相手が『やってる』って思ったら、言質を取るのはめっちゃうまいと思うんですよ。松本若菜さんが演じた鈴鳴検事と同じぐらい上手いと思います。『え?ってことはこういうこと?』『それってこういう意味も含んでるよね?』って、どんどん追い込んでいく。僕みたいなのが検察やったら、本当に多数の冤罪を生んでました。危ないところでした。芸人でよかったです(笑)」――藤堂は長い勾留のなかで、気持ちが揺れ動きます。そうした変化はどのようにご覧になりましたか?「そりゃ気持ちを保てないですよ。あれだけの長期間拘留されて、運動さえも許されない。いろんなことも起きるじゃないですか。あんな状況やったら、弱気にもなると思います」――劇中で「拘禁病」という言葉が出てくる場面も印象的でした。「めちゃくちゃ怖かったですね。これまでは、本当は冤罪なのに、なんでやってしまったって言っちゃうんやろうって思っていたんです。でも、拘禁されることで精神がおかしくなっていく様子が描かれていて。『拘禁病ってあるんや。どんな病気なんやろう』『その病気になったら、変なことを言っちゃうんやな』って。自分のなかで事実をねじ曲げてしまうこともあるやろうし、藤堂のように精神を保てる自信はないですね」――そんな藤堂を支える弁護士チームも、物語の見どころですね。「心強いですよね。藤堂は感情的にめちゃくちゃ乱されているけど、弁護士は勝ち筋を考えて『こうしてください』って戦略を言う。でも藤堂さんは、『いや、ちゃうちゃう、無実やねんから。なんとかしてよ、先生!』っていう。めっちゃ気持ちわかるじゃないですか。最初は冷たく感じていた弁護士たちも、徐々に寄り添ってくれて、藤堂も彼らが自分のことを考えてくれているんやってわかってくる。いいチームでしたね」――特に心に残った場面は?「石丸幹二さん演じる最強弁護士が登場してきたあたりの、『僕が来たからにはもう、大丈夫ですよ』みたいな感じですね。限界を迎えている藤堂からしたら、オアシスみたいな。『あ、なんとかなるのかも』って思える救いの手ですよね」■「怒りをエネルギーにする瞬間は、僕にもむちゃくちゃあります」――理不尽な状況に置かれた藤堂が、それでも「負けへんで」と立ち上がっていきます。みなみかわさん自身、怒りをエネルギーに変えることはありますか?「ありますね。ムカつきだけでやってきたんですよ(笑)。個人的にやられたことは、絶対に忘れないっていう、非常によくない性格で(苦笑)。労働環境とか、いろんな芸人に対する怒りの感情だけでやっているところがあります」――怒りがお笑いの原動力にもなっている?「そうですね。僕は気が短くて、人の粗をすぐ探しちゃうんですよ。自分のことを棚に上げて(笑)。相手は傷つくけど、周りにはめちゃくちゃウケるやろうなって想定して言うんです。『ムカつくことをされたから、いいよね』っていう、わけのわからない帳尻合わせが自分のなかにある。相手からしたら、そんなこと知らないわけですから。だから、めっちゃ嫌われてます(笑)」――ただ、本気で怒りをぶつけることと、お笑いにすることには違いもあるのでは?「ほんまに怒って、笑いじゃないところで相手を傷つけに行くのは違う、という正義が自分にはあるんです。あくまでも『ウケる』と思ってやっているなかに、怒りをちょっと乗せる。でも、嘘の怒りじゃダメなんですよ。ほんまの本心がベースにあって、それを『ウケる』というお笑いでコーティングする。そのコーティングが、人によって薄かったり分厚かったりするんですけど、僕の場合はめちゃくちゃ薄い。だから、本気で僕に対して怒っている人もいます(笑)」――最近は、みなみかわさんの“怒りのボルテージ”にも変化があったりしますか?「いまはいろいろお仕事をいただいて、ありがたい限りなんですけど、正直、怒りがちょっと減ってきているなっていうのはあります。もっと怒っていたいなっていう気持ちは、めちゃめちゃありますね」■「最悪の想定をしておいて、すでに懲役3年食らっている気持ちで戦う」――もし、ご自身が藤堂と同じような状況に置かれたら、どうやって気持ちを保つと思いますか?「僕はこういう性格なんで、多分途中ですべてを諦めちゃうと思うんですよね。すべてにおいて『最悪』を考えるというか。例えば、最悪、懲役を食らったとして3年だとします。じゃあもう3年食らっているという気持ちで戦わないと、メンタルが持たないというか」――そうした考え方は、みなみかさわさんの心にもともとあったものですか?「そうですね。子どものころから、家が火事になったらどうしようって、よく想像していました。全部なくなったらどうやって生きていくんやろう、とか。なんでも『最悪どうなるんやろう』って考える癖があったんです」――「最悪を想定する」考え方は、普段のお仕事にもつながっているのでしょうか?「あります。ゴリゴリのお笑いをやらなあかん番組の収録でも、『めっちゃスベる』ことを想定して行くんですよ。放心状態で帰って、二度と使われない、と。そこまで考えて行って、ややウケやったら『あ、ややウケで済んだ。よかった』って(笑)。そういうメンタルのサバイバル術です。芸人として仕事がなかった時期も、めちゃくちゃたくさんバイトをしていたので、最悪、芸人を辞めてもこれぐらいは稼げるなと考えていました。歯医者の受付のバイトにはいまだに籍を置いていますし、バイトしていた服屋の社長さんにも、『最悪の時は社員にしてほしい』とお願いしているんです。保険はかけられるだけかけたほうがいいですね」――もし実際に冤罪で捕まったら、誰を頼りますか?「妻ですね。ほんまにやっていたら『俺やってん』って言うと思うし、やっていなかったら『いや俺、ほんまにやってないねん』って言うと思う。そこはちゃんと信じてくれると思いますよ。僕の知らない凄腕の弁護士を、DMで連れてきてくれるんじゃないですか(笑)」――実際の事件に着想を得て作られた作品をご覧になって、改めてどんなことを感じましたか?「『関係ない人、いないよね』って思いました。自分が直接そういう目に遭わなくても、家族や友達にも関係してくるじゃないですか。本作を観て『うわ、こんなことあり得るんや』って思いましたし、劇中で不動産詐欺として登場した名門校でも、こういうトラブルに陥るんやっていう。僕も私立高校に行っていたので、学校の危うさみたいなものを、うっすら感じ取ったところもありました」――最後に、これから映画をご覧になる方に、注目してほしいところを教えてください。「最初は検察へのいらつきがあるんですけど、そこから弁護士チームが集まってきて、後半に向けて『やり返す』方向に進んでいく。その流れがすごくわかりやすいんですよ。裁判ものって難しそうに感じる人もいると思うんですけど、全然そんなことなくて。めちゃくちゃ感情移入できる映画やと思います。まず、自分が冤罪に巻き込まれた時に役立つ映画として観てもらって、そのあと実際の事件を調べてみるのもおもしろいんじゃないかなと思います」取材・文/渡邊玲子