組織壊滅も「元組員から証言が得られなかった」元刑事が指摘する“工藤会の結束力” 王将社長射殺事件

2013年12月、「餃子の王将」を展開する王将フードサービスの当時の社長・大東隆行氏が、京都市山科区の本社前で何者かに銃撃され死亡。事件から約9年後に特定危険指定暴力団・工藤会傘下、石田組幹部の田中幸雄被告が逮捕・起訴されたが、2026年10月、京都地裁は田中被告に無罪を言い渡した。 検察は「現場に残されたたばこの吸い殻」「逃走に使われたバイク(カブ)と、同日に盗まれた別のバイク(トゥデイ)、被告が幼なじみから借りた軽自動車(ライフ)」、そして「犯行直前に被告が旅行へ行くと言い、音信不通となった“空白の3日間”」の“3つの柱”を軸に有罪立証しようとしたが、京都地裁は「被告人とは別の第三者が犯行を実行した可能性も直ちに排除できない」などとして、無罪判決を下した。 この判決を受けて、元徳島県警捜査一課警部の秋山博康氏は工藤会関係者から証言が得られなかったことに着目する。「事件発生が2013年で、工藤会の当時の野村(悟)総裁が頂上作戦で逮捕されたのがその1年後。捜査本部はこの工藤会のトップを逮捕したため、数年経てば、組員からいろいろ話が聞けると。例えば、田中被告と共通の人物が刑事さんに『そういえば田中被告が当日こういう拳銃を持っていたよ』とか『何日に京都のほうへ行くよ』といった間接的な供述が組員から得られるだろうと。捜査本部からしたら、野村総裁を逮捕しているから、段々と弱体化する組織からどんどんいい供述を得ようとしたと思う。しかし工藤会はなかなか言わない。だから第三者の証言がなかったと思う」(秋山氏) 元大阪地検検事・亀井正貴弁護士も同意して、「この事件は物的証拠で一課事件の捜査積み上げではやっぱり駄目。だから四課(暴力団の捜査を担当する部署)事件としての捜査情報、つまり被告の工藤会におけるヒットマンの経歴を持つ人物のヒットマンとしての生活状況。そういったものを工藤会の現役は言わないので、OBらからどれだけの情報を摘み取ることができるか(が重要)。最終的には工藤会関係者、その周辺の人たちからどれだけ供述を得られるかが本当のポイント」と述べた。(『ABEMA的ニュースショー』より)

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