報道にとって「国益」とは何か〜スパイ防止法と報道の自由との関係を考える〜<明日のジャーナリズムへ>第7回【調査情報デジタル】

SNS全盛時代にあって、新聞やテレビなど伝統的な報道機関の持つ影響力や存在感は相対的に弱くなったと指摘される。しかし、健全な民主主義社会には専門的に報道に携わる組織あるいは個人が不可欠であることは論をまたない。ただ、そうした人たちの取材報道活動=ジャーナリズムを時代にあわせてアップデートすることは重要だ。そのために必要な議論の素材を提供する目的で始まった、専修大学ジャーナリズム学科・山田健太教授による連載「明日のジャーナリズムへ」の第7回は、報道にとって「国益」とは何か、そして「国益」を理由に報道を制約しようとする動きについて考える。メディアの役割は、株価を下げないこと――安倍政権下での大手メディアの政治部記者の言葉だ。しかもこれは個人の「感想」ではなく、当該部局での「約束事」であったというから驚きだ。この問題は政治(家)とメディアの関係性であるとともに、「国益」とは何か考えさせるものでもある。そしてこうした国益を損なう行為の代表例がスパイであって、秘密保護法という形で法整備が進み、さらにその執行法であるスパイ防止法が検討中だ。そうしたなか、日本の報道機関の海外特派員がスパイ容疑で捕まる事件も発生した。これらはすべて一本の線でつながっている。■「報道が国益を損ねた」との糾弾はじめに、特定報道機関が国益を損ねたとして糾弾された事例からみていこう。決して戦前・戦中の言論弾圧の話ではなく、わずか10年ほど前の出来事である。かつての慰安婦をめぐる朝日新聞の紙面が、国益に反するものとして読売新聞や産経新聞から厳しく批判されることがあった(注1)。朝日新聞社長が2014年9月11日、福島第一原発事故や従軍慰安婦問題に関する記事取り消しや対応の遅さについての謝罪会見を行ったことに対しての反応だ。そこでは、慰安婦報道が国際社会に誤った情報を伝え、それによって国のイメージが著しく傷つけられたとしている。

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