5回目の金曜日に、特別企画を無料で放送する5金スペシャル。今回の5金は、不祥事が相次ぐ日本の司法制度の中にあって、ある裁判で明らかになった驚愕の新事実を取り上げる。起訴状に書かれていない事実を裁判所が判決文に書き足して、無理やり被告を有罪にしていたというのだ。 東京五輪のスポンサー選定をめぐる贈賄事件で、KADOKAWAの角川歴彦元会長の控訴審弁護団によって、刑事裁判の根幹を揺るがす問題が明らかになった。検察官が起訴した事実についてだけ審理し、その範囲でしか有罪にできないという「不告不理」の大原則が、五輪汚職事件で踏み越えられていたことになる。 角川氏は2022年9月14日に東京地検特捜部に逮捕され、翌月に起訴された。心臓に持病を抱える79歳の高齢者の勾留は226日に及び、保釈請求は4回却下された。角川氏は一貫して無罪を主張したが、今年1月22日、東京地裁は懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。角川氏は翌日に控訴し、弁護団は8月7日に控訴趣意書を提出している。 問題の核心は金の流れにある。賄賂とされた金が渡った先は、みなし公務員とされる組織委員会元理事の高橋治之氏本人ではなかった。支払先は高橋氏の電通時代の後輩にあたる深見和政氏が代表を務めるコモンズ2で、総額7,665万円が支払われ、そのうち6,909万円が賄賂に当たるとされた。しかし、深見氏は公務員でも組織委員会の理事でもない、純粋な民間人だ。民間人にコンサル料を支払っただけでは、贈賄罪は成立しない。 そこで不可欠になるのが、高橋氏と深見氏が賄賂の収受について共謀していたという事実だ。ところが、角川氏の起訴状には、その共謀の記載がどこにもなかった。共謀を裏づける証拠も見当たらない。調書の供述は立証には不十分で、深見氏は公判で共謀を否定し、KADOKAWAの幹部に対しても、金をもらうのは高橋氏ではなく自分だと明言していた。一審判決自身も、高橋氏がその金を受け取った事実は認定していない。金は公務員には渡っておらず、その金と公務員を結ぶ共謀も示されないまま、有罪判決が出ていたことになる。 それでも判決が有罪にたどり着けたのは、裁判官が起訴状にない一文を判決文に書き足していたからだ。判決の「罪となるべき事実」は、起訴状にはなかった「被告人らから賄賂を収受することについて高橋治之と共謀していた」という事実を付加していた。求釈明や訴因変更という正規の手続は取られず、被告人側が反論する機会もないまま事実が書き換えられていたのだ。控訴審で主任弁護人を務める郷原信郎弁護士は、起訴された事実が罪となる事実を含んでいなかった以上、この起訴は本来、公訴棄却になるべきものだったと指摘する。 では、なぜ一審ではこの問題が争われなかったのか。公判前整理手続で争点は、角川氏が部下から支払いや贈賄のリスクについて報告を受け、それを了承していたかどうかに絞り込まれ、共謀の存否は独立した争点として扱われなかった。元特捜部の検事である郷原氏は、この争点整理そのものに問題があったと見る。 その背景には、KADOKAWA自身が作った調査結果があった。同社が設置したガバナンス検証委員会は、2023年1月23日に公表した報告書で、コモンズ2への7,000万円(税別)の支払いは贈賄に該当する可能性が高いと認定し、背景には会長への過度な忖度があったとした。勾留中だった角川氏は聞き取りを受けておらず、その結論は検察の主張と重なった。角川氏は今年6月16日、この報告書をめぐって夏野剛社長と國廣正弁護士を相手取り、2億円の損害賠償を求める訴訟を起こしている。 そもそも東京五輪は、新国立競技場計画の白紙撤回を始め、数々の不祥事が相次いだ大会だった。経費も招致時の試算7,340億円から1兆6,989億円に膨れ上がり、赤字は都と国が埋めなければならなかった。誰かがその責任を負わなければならない状況で、東京地検特捜部が鳴り物入りで捜査に乗り出した。 しかし、特捜が乗り出した以上、大物の逮捕が不可欠となる。そこで標的とされたのが、KADOKAWAの会長で著名人でもある角川歴彦氏だった。無理筋の容疑でも79歳の角川氏を長期間勾留すれば、早晩罪を認めるとでも考えたのだろうか。しかし、226日勾留されても角川氏が否認を貫いたことで、その無理が起訴状の欠陥という形で露呈した。 起訴状にないため審理すらされていない「共謀」を、判決で一方的に認定することは許されるのか。なぜ一審では贈賄の成立に関わる根本的な問題が争点にならなかったのか。控訴審では日本の刑事司法にどのような判断が下されることになるのかなどについて、郷原氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。【プロフィール】郷原 信郎 (ごうはら のぶお)弁護士・元検事1955年島根県生まれ。77年東京大学理学部卒業。民間企業勤務を経て80年司法試験合格。83年検事任官。東京地検、広島地検、長崎地検、東京高検などを経て2006年退官。08年郷原総合法律事務所(現・郷原総合コンプライアンス法律事務所)を設立。角川歴彦氏贈賄事件控訴審の主任弁護人。著書に『「単純化」という病』、共著に『特捜検察という名の権力ヤクザ』など。宮台 真司 (みやだい しんじ)社会学者1959年宮城県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授、東京都立大学教授を経て2024年退官。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』など。神保 哲生 (じんぼう てつお)ジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表 ・編集主幹1961年東京都生まれ。87年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信など米国報道機関の記者を経て99年ニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を開局し代表に就任。著書に『地雷リポート』、『ツバル 地球温暖化に沈む国』、『PC遠隔操作事件』、訳書に『食の終焉』、『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』など。【ビデオニュース・ドットコムについて】ビデオニュース・ドットコムは真に公共的な報道のためには広告に依存しない経営基盤が不可欠との考えから、会員の皆様よりいただく視聴料(ベーシックプラン月額550円・スタンダードプラン1100円)によって運営されているニュース専門インターネット放送局です。(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)