中洲のスナックママが2番目の夫を刺殺…実家の留守番電話に残された“最期のメッセージ”とは――平成凶悪事件と「その後」

日本を震撼させた平成の凶悪事件。事件後に流れた歳月は犯人・遺族の心境にどのような変化をもたらすのか。ノンフィクションライターの小野一光氏が、事件の現場を歩く。 ここでは「文藝春秋PLUS」で連載中の「平成凶悪事件と『その後』」から、 「平成6年〜12年 中洲スナックママ連続保険金殺人事件篇」(第3回) を一部抜粋して紹介する。 ◆◆◆ 「いまでも憶えてますよ。あげん健康な体を刺されて、もう本当に恨みましたよ。一人しかおらん息子ば刺されてねえ。そんなにせんでも良かったろうに……」 長崎県の島しょ部に住む、現在86歳になるBさん(死亡時34)の母親は、電話での取材にしっかりした口調で答えた。 「中洲スナックママ連続保険金殺人事件」として知られる事件を起こし、2004年7月に逮捕された福岡県福岡市の高橋裕子(逮捕時48)。それまでに計3回結婚した彼女は、2番目と3番目の夫を、保険金目的で続けて殺害するなどの罪によって、現在は無期懲役囚として服役中の身である。 この事件はまず、裕子が1994年10月に、2番目の夫であるBさんを殺害して、保険金など約1億2000万円を手にしたことから始まる。今年でBさんが殺害されて30年、裕子が逮捕されて20年が経つ。

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