「伏線にタイソン」…『格闘技が紅白に勝った日』著者が語る「伝説!曙対ボブ・サップ」戦実現への内幕

昨年末に出版された『格闘技が紅白に勝った日~2003年大晦日興行戦争の記録』が話題だ。’03年大晦日は、わずか4分間とはいえ年末恒例『NHK紅白歌合戦』が、民放テレビ局の格闘技番組に視聴率で抜かれるという歴史的“事件”が起きた日だ。同書は民放各局が競って格闘技を中継した事情や、最高視聴率43%を記録した「曙太郎対ボブ・サップ」戦実現の舞台裏を丁寧に描いている。著者のノンフィクション作家・細田昌志氏が、執筆の経緯や伝説の一戦にいたる背景を語った――。 ――『日刊ゲンダイ』の2年半にわたる連載がベースの書籍なのですね。 細田 そうです。ただ、書籍化にあたり内容はアップデートしているので、連載とまったく同じではありません。 ――’03年の大晦日はTBSで『K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!』、日本テレビで『猪木祭り 2003』、フジテレビで『PRIDE 男祭り 2003』と民放3局で格闘技が放送されました。なかでも「曙対サップ」戦を中継した『K-1』は、当時のお化け番組『NHK紅白歌合戦』に視聴率で勝っています。 細田 当時、僕は放送作家としてテレビ業界にもいましたが、たった4分間とはいえ紅白が民放に抜かれるなんて大事件だったんです。後にも先にもないことだから。 ――確かに。 細田 それも、よりによって格闘技中継が紅白に勝ったでしょう。格闘技業界は僕も長く関わってきたジャンルですから、どことなく当事者のような気分もありました。4(日テレ)、6(TBS)、8(フジ)の3局が紅白の裏で格闘技中継を流している。異常事態だと思いました。 ◆〈タイソン 大晦日に登場!〉 ――普通、3局が放送したら数字を食い合って視聴率は低下すると思われます。 細田 逆でした。むしろ、格闘技団体の生々しい分裂劇まで世間の関心事になって……。現在の炎上商法的な盛り上がりで「紅白打倒」につながったんです。「テレビの歴史」という側面からも、無視できない出来事だと感じ一冊のノンフィクションにまとめました。 ――クライマックスといえるのが「曙対サップ」戦ですが、この異色のカードが決まるまでの経緯が興味深いです。 細田 伏線にマイク・タイソンの存在があったんです。’03年夏のラスベガス大会で、タイソンは『K-1』のリングに突如あがっています。 ――当時は大ニュースでしたよね。 細田 当時『K-1』プロデューサーだった谷川貞治さんは、あらゆる手を尽くしてタイソンに接触し、何度も交渉を重ね、ラスベガス大会のリングに本人をあげることに成功しました。余勢をかって、契約金30万ドル(約3500万円)、1試合につき200万ドル(約2億3600万円)の複数試合契約を結んだ。スポーツ紙はこぞって〈マイク・タイソン 大晦日に『K-1』登場!〉と書き立てます。「タイソン対サップ」のビッグマッチへの期待が高まっていました。 ◆「なんとかなるだろう」 ――そのビッグな構想が、いつの間にか消えていた……。 細田 あれだけ煽っていたのに(笑)。ただ、タイソンほどリング外でトラブルを起こしたプロボクサーはいません。婦女暴行容疑で禁錮6年の有罪判決を受けるなど、逮捕と釈放を繰り返していました。常識的に考えて、あれだけ逮捕歴があったら「出入国管理及び難民認定法」違反で日本へ入国できませんよ。「なんとかなるだろう」と突っ走っていたけど、なんともならなかったという話なんです。 ――常識的判断より、タイソンを呼んで「超満員の観客」という期待が優先したんですね。 細田 そこで谷川プロデューサーはハワイのホノルルで「タイソン対サップ」戦の実現に動こうとするんです。しかし、今後はメインスポンサーが首肯しませんでした。「国内の大会場で開催」にこだわったからなんです。 ’03年には、すでにインターネットはありましたが配信によるビジネス展開は確立されていませんでした。地上波のテレビ生中継で流れる超満員の会場と、クオリティの高いCMというのがスポンサーにとってステイタスだった時代なんです。ただ「タイソン対サップ」戦は、結果的にやらなくて正解だったと思います。サップがあっさり倒されて終わりでしょう。ボクシングルールしか受けないタイソンに、サップが勝てるはずがありませんでしたから。 格闘技イベントを開催する側からすれば「タイソン対サップ」戦の消滅は、のっぴきならない問題だった。大晦日の中継まで時間がない。関係者がジリジリと焦燥感を深めるなか、起死回生ともいえる「曙対サップ」戦が実現するのだ。 ****************** 細田昌志(ほそだ・まさし) ノンフィクション作家。1971年、岡山県生まれ、鳥取市育ち。CS放送『サムライTV』キャスターや放送作家を経てノンフィクション作家に。著書に『坂本龍馬はいなかった』(彩図社)『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか?』(イースト新書)。’20年刊行『沢村忠に真空を飛ばせた男/昭和のプロモーター・野口修 評伝』(新潮社)が第43回講談社本田靖春ノンフィクション賞、『力道山未亡人』(小学館)が第30回小学館ノンフィクション大賞を受賞。’24年12月に『格闘技が紅白に勝った日』(講談社)を上梓。

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