今年のオスカーの行方は? 日本時間3日発表の米アカデミー賞、作品賞ノミネート作一挙紹介【後編】

米映画芸術科学アカデミーが主催する第97回アカデミー賞は、2日(日本時間3日朝)に発表・授賞式が米ロサンゼルスで行われる。今年は近年にない激戦模様。作品賞にノミネートされた全10作品を紹介する。(高柳 哲人) ◆エミリア・ペレス(3月28日公開) <他のノミネート>監督賞、脚色賞、主演女優賞、(カルラ・ソフィア・ガスコン)助演女優賞(ゾーイ・サルダナ)、撮影賞、編集賞、音響賞、メーキャップ賞、作曲賞、主題歌賞(2曲)、国際長編映画賞 <あらすじ>優秀な弁護士でありながら自らの能力を生かし切れず、仕事に疑問を持っていたリタはある日、謎の電話で仕事の依頼を受ける。電話の主はメキシコの麻薬カルテルのボスであるマンタス。仕事の内容は「性別適合手術を受けるための医師を探してほしい」とのことだった。依頼された仕事を成功させたリタは4年後、ある食事会でエミリアという女性と出会う。そのエミリアこそ、手術を終えて女性となったマンタスだった。やがて、エミリアはメキシコの行方不明者を捜索する団体をたちあげるが…。 <ひとこと>今年のアカデミー賞では最多、非英語映画としては史上最多となる12部門にノミネートされた。また、昨年のカンヌ国際映画祭では、本作に出演している女優4人に女優賞が”グループ”として贈られたことが話題になり、主演女優賞候補のカルラ・ソフィア・ガスコンは、トランスジェンダー女優として初の受賞がかかっていることも注目を集めている。 「メキシコの麻薬カルテル」と聞くと「またか…」と思う人も多いかもしれない。手術を受ける理由に関しても「追っ手から逃げるためかな?」と安易に考えていたのだが、見始めて思慮の浅さを恥じる結果に。ストーリーの設定は非常に興味深く、さらに、それをミュージカル調で描いたことで、これまでに見たことのない作品に仕上がった。どんなに恵まれた人でも、様々な悩みを持っていることを感じさせる。 ◆アイム・スティル・ヒア(8月公開予定) <他のノミネート>主演女優賞(フェルナンダ・トーレス)、国際長編映画賞 <あらすじ>1970年代、軍事政権下のブラジル。元国会議員のルーベンスとその妻・エウニセは5人の子供たちと共にリオデジャネイロで幸せな日々を過ごしていた。ある日、ルーベンスは自宅を訪ねてきた軍に逮捕され、そのまま連行されてしまう。その後、エウニセも娘の一人と共に軍に拘束され、過酷な尋問を受けることに。やがてエウニセは解放されたものの、監視をされての生活が続く。愛する夫の行方も分からない中、エウニセは声を上げ続け、やがて世の中が動き始める。 <ひとこと>実話を元にした作品。映画にも登場するルーベンスの実の息子で作家でもあるマルセロが著した書籍が原作となっており、ブラジル映画では初の作品賞ノミネートを果たした。 とにかく、エウニセを演じた主演女優賞にもノミネートされているブラジルを代表する女優フェルナンダ・トーレスの「眼力」が作品に命を吹き込んでいる。時に悲しみ、時には怒りをたたえながら子供たちや世の中を見据える姿に、混迷の時代を生きる女性の強さを感じた。 一方で、後半は一気に時間が飛んでしまい、エウニセがどのようにして戦い続けたのかを省略してしまっている点は、やや乱暴さを感じ、残念だった。ただ、エウニセの晩年を演じたトーレスの母でもある95歳の超ベテラン女優フェルナンダ・モンテネグロの孫の姿を見る時のまばたき一つしない演技には注目だ。 ◆ニッケル・ボーイズ(Prime Videoで配信中) <他のノミネート>脚色賞 <あらすじ>黒人差別がいまだ残っていた1960年代の米国。おばあちゃん子として育ったエルウッドは、車泥棒が運転していた乗用車にヒッチハイクで乗せてもらったことが原因で無実の罪を着せられ、更生施設であるニッケル校へ入ることになる。だが、同校は更生施設とは名ばかりで暴力や虐待などがはびこる場所だった。その中でも周囲に流されることなく、自らの信念に従って日々の生活を送っていたエルウッドに、やがてターナーという友人ができ、行動を共にするようになる。 <ひとこと>黒人奴隷の姿を描いた「それでも夜は明ける」、黒人のコミュニティー内での差別をテーマとした「ムーンライト」で作品賞を獲得したブラッド・ピット率いる映画製作会社「プランB」による作品。今回は、公民権運動が高まる中でも差別が残されていた地域を舞台に、実話を元にした物語を描き出した。 何と言っても特徴は、主人公の姿が映し出されるのが非常に少ないという点。基本的にはエルウッドの視点でストーリーが進んで行く。一人称での描き方は、エルウッドに自身を仮託していくという意味では効果的だとは思うが、人によっては「映画を見ている」という感覚になれないことを苦手と感じたり、メッセージを強く受け止め過ぎてしまい、つらくなったりするかもしれない。途中で挟み込まれる当時を象徴する様々な映像も好き嫌いを呼びそうな”問題作”といえる。 ◆サブスタンス(5月16日公開) <他のノミネート>監督賞、脚本賞、主演女優賞(デミ・ムーア)、メーキャップ賞 <あらすじ>50歳を迎え、容姿の衰えによる仕事減に悩んでいた元人気女優のエリザベスは、再生医療「サブスタンス」の存在を知る。その不気味さに一度はためらうも、手を出してしまうエリザベス。その結果、若さと美貌に加え、エリザベスの経験を持つ女性「スー」が誕生した。たちまちスターダムを駆け上がっていくスーは、自由を謳歌(おうか)しようと、やがて課せられたルールを破り始める。すると、エリザベスの体に異常が起き始め…。 <ひとこと>「ゴースト/ニューヨークの幻」の大ヒットで余りにも有名な女優でありながら、賞にはこれまで全く縁がなかったデミ・ムーアが、悲願の主演女優賞を獲得できるかが注目。まさに自身の醜い部分をさらけ出した衝撃的な演技は、ある意味自虐的でもあり、潔さを感じさせる。 残念ながら音響賞からノミネートは漏れたものの、特にエリザベスが再生治療「サブスタンス」を試すまでの序盤は、不気味さがどんどん引き出されていく劇伴が効果的で、はじけるような瑞瑞しさを持つスーの誕生を盛り上げる。演じるマーガレット・クアリーは日本では映画ファン以外にはなじみがないが、本作で人気が出るのでは。 ジャンルとしてはスリラーに位置するが、ラストの狂気を伴った解放は、途中から爆笑に変わった。若干、やり過ぎな感じもあったが…。 ◆ウィキッド ふたりの魔女(3月7日公開) <他のノミネート>主演女優賞(シンシア・エリヴォ)、助演女優賞(アリアナ・グランデ)、視覚効果賞、美術賞、衣装デザイン賞、編集賞、音響賞、メーキャップ賞、作曲賞 <あらすじ>魔法と幻想の国・オズにある「シズ大学」。誰よりも優しく聡明でありながら、家族や周囲から疎まれて孤独なエルファバと、誰よりも愛され特別であることを臨む人気者・グリンダは、寮のルームメートとなった。当初は反発していた2人だったが、互いの本当の姿を知るにつれ、かけがえのない友情を築くようになる。そんなある日、エルファバは偉大な「オズの魔法使い」に呼ばれ旅立つことに。だが、グリンダも同行したエメラルドシティで、2人の運命は大きく変わる。 <ひとこと>オープニングタイトルが出た時に「Part1」の文字を見て、今年の作品賞に続編がノミネートされている「DUNE/砂の惑星」を4年前に見た時の「もしや…」という不安がよぎったが、それは的中。本作ではエルファバが「悪い魔女」になるまでの過程が描かれており、物語はタイトルの「ふたりの魔女」まで到達していない。 とはいえ、エルファバの緑とグリンダのピンク(昨年ノミネートされた「バービー」を思い出しました)のコントラストをはじめとした色彩豊かな場面の連続に、目を奪われることは間違いない。主演、助演の女優賞にもノミネートがあるが、有力なのは美術賞、衣装デザイン賞。物語よりも視覚で楽しむ作品といえるだろう。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加