第97回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』(破壊される故郷を撮影するパレスチナ人青年と、彼の活動を支えるイスラエル人青年の友情を記録した作品)や、イラン人監督モハマド・ラスロフによる『聖なるイチジクの種』が現在話題ですが、もうひとつ公開中の作品で、おすすめの映画があります。『TATAMI』です。 本作はイスラエルとイランにそれぞれにルーツに持つ2人の監督によるもので、こうした協働は映画史上で初とのこと。 イスラエル出身のガイ・ナッティヴ監督、そしてイラン出身のザーラ・アミール監督。とくにザーラ・アミールは、『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』の監督でもあるアリ・アッバシ監督作『聖地には蜘蛛が巣を張る』(2022)で主演を演じ、作品自体も彼女の演技もとても素晴らしかったので、『TATAMI』では監督兼俳優を務めると知って期待していました。(ザーラ・アミールさんはイランの国民的女優であったにもかかわらず、私的なセックステープの流出によってスキャンダルの被害者となり、フランスへの亡命を余儀なくされた過去があるそう。『聖地には蜘蛛が巣を張る』もフェミニズム的テーマを扱ったものでした) 『TATAMI』は公式の宣伝文句で“ポリティカルスポーツエンターテインメント”と銘打たれており、まさにそのような内容。イランとイスラエル間の政治的緊張、イラン国内における自国民への厳しい支配、柔道を主題にした映画におけるスポーツ表現の面白さ、女性同士の対立と信頼、スリリングなサスペンス展開……と見どころ満載。イランではヒジャブ着用をめぐりある女性が道徳警察に逮捕されたのちに死亡、そこから大規模なデモへ発展するなど大きな問題となっていましたが、こうした状況へのアンサーも込められています。 視覚的にも、白と黒のモノクロームによる抑制された画面も決まっていて、「これは!」と驚くようなショットも多数。主人公の試合のシーンでは、戦う身体に肉薄したカメラがその荒々しい呼吸や生々しい痛みをとらえていて驚かされます。 映画の舞台は、ジョージアの首都トビリシで開催中の女子世界柔道選手権。イラン代表のレイラ・ホセイニ(アリエンヌ・マンディの演技が素晴らしい!)と監督のマルヤム・ガンバリ(ザーラ・アミール)は、順調に勝ち進んでいくが、金メダルを目前に、政府から敵対国であるイスラエルとの対戦を避けるため、棄権を命じられる。自分自身と人質に取られた家族にも危険が及ぶなか、怪我を装って政府に服従するか、自由と尊厳のために戦い続けるか、レイラは人生最大の決断を迫られる……。