(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使) 韓国の内政の関心は、次期大統領選挙に集中していた。 3月中旬には尹錫悦大統領に対する憲法裁の弾劾審判の判決が出る見込みで、同裁の裁判官の構成からすれば、弾劾が可決される可能性が高いと見られていたからだ。大統領が罷免されれば、2カ月以内に大統領選挙が行われる。そのため与野党ともに急速に選挙対策モードに入りつつあった。そして、もしも大統領選挙になれば、共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表が当選する確率が高いと、各種世論調査は示していた。 その状況を大きく変えそうな出来事が3月7日に起きた。 ■ 民主党によって想定外の出来事 拘束されていた尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領がソウル中央地裁に請求していた「拘束取り消し」を裁判所が認め、翌8日には実際に尹大統領が釈放されたのだ。 しかも地裁は、最初に尹大統領を逮捕した公捜処と、その後、事件を移管され尹大統領を起訴した検察庁の“協働”について、「それぞれ独立した捜査機関であるにもかかわらず、刑事訴訟法が定める拘束期間を法的根拠なく協議の上で分け合い、身柄引き渡しの手続きを経なかった」と手続きの問題を指摘した。こうなると、尹大統領の弾劾審判への影響は避けられない情勢だ。仮に裁判で尹大統領の罷免が決まったとしても、その後に行われる大統領選を李在明氏が制することができるかどうか、わからなくなってきた。