ジャーナリストの伊藤詩織が自分の性被害を克明に描写した『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』。性犯罪がなかったことにされる古色蒼然たる日本社会を告発したドキュメンタリー作品だ。 名誉が重んじられる日本の文化では、恥とされる事態が生じると「沈黙は金」となる。とりわけ保守的な家父長制が残るこの国で、「二流」市民とみなされる女性にとっては。レイプの被害者である伊藤詩織は、著書『Black Box-ブラックボックス』(文藝春秋)でそんな沈黙の掟を破り、さらに背筋も凍るような衝撃ドキュメンタリー映画『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』も発表した。 2015年4月の伊藤詩織は25歳のジャーナリストの卵で、海外での働き口を探していた。そんな折、日本のTV局のひとつ、TBSのワシントン支局長であり、影響力のあるジャーナリストの山口敬之からディナーに誘われた。米国での仕事があるかもしれないとのことだった。会食中、彼女は不可解なめまいに襲われると気を失った。その後の記憶はない。ホテルの一室で悪夢のような目覚めをするまでは。 会食相手から彼女はレイプされていた。あざだらけになりながらもようやくその場を逃げ出した彼女は5日後、被害届を出そうと警察へ向かう。警察は色々な理由をつけて被害届の受理を拒んだ。捜査が難航することが多いこと、女性のキャリアが台無しになる恐れがあること等々。しかし、何よりも警察は性暴力を問題視していなかったと彼女は言う。日本社会からの拒絶を受け、彼女は自ら事件を調べようと決意し、関係当局や証人との会話を録音し始める。そうしなければ生き延びられなかった、自分を保つためにこの事件を外からの視点で見る必要があった、再びトラウマに苦しめられないためには真実を知る必要があったと本人は語っている。 性被害を受けた晩、ホテルの防犯カメラに映った彼女がもうろう状態であったことやタクシー運転手への聞き取り調査、伊藤詩織自身の証言により、いよいよ相手を逮捕という段階で待ったがかかる。山口敬之は当時の安倍晋三首相と近い存在で、山口が執筆した首相の伝記もまもなく出版されることになっていた。逮捕はその本にとって致命的だ。「権力者を保護する日本の司法制度がいかに大きな欠陥を抱えているのかに気づきました。一方で、この問題は偏在しています。ドナルド・トランプは性的暴行の告発があっても再選されました」と伊藤詩織は語る。