日産が世界初のVCR(可変圧縮比)量産化に成功!実現困難とされていた技術はどう実用化されたのか?【歴史に残るクルマと技術086】

運転条件によって最適な圧縮比に変更する可変圧縮比(Variable Compression Ratio)は、これまで多くの研究がされてきたが、実用化されることはなかった。2018年に日産自動車は、独自に開発したVCR機構の実用化に量産車として世界で初めて成功し、「インフィニティQX50」に採用、国産車としては2022年の4代目「エクストレイル」で初めて搭載された。 TEXT:竹村 純(Jun TAKEMURA)/PHOTO:三栄・日産 エクストレイルのすべて、AUTOSPORT、他 可変圧縮比にすれば、出力と燃費の両立ができる エンジンの圧縮比は高いほど熱効率が上がるので、基本的には燃費と出力が向上する。しかし、ガソリンエンジンで圧縮比を上げると高負荷運転でノッキングが発生するので、通常はノッキングしない範囲でできるだけ高い圧縮比に設定することになる。 一方で、一般路での走行のような低負荷~中負荷の運転条件ではノッキングしにくいので、燃費のためには高負荷運転条件で設定した圧縮比よりも本来は高い圧縮比にするのが望ましい。 この条件によって最適圧縮比が異なる問題を解決するのが、可変圧縮比だ。特殊な機構によって、低負荷~中負荷運転では圧縮比を高く、ノックが発生しやすい高負荷運転では圧縮比を低くするようなVCRエンジンができれば、燃費と出力の両立が実現できるのだ。 圧縮比を自動的に変更する方法としては、上死点(ピストンが最も上に到達)時の燃焼室容積を変更する方法か、ピストンのストロークを変える方法が考えられる。一般的には、特殊なリンク機構などでピストンのストロークを変更する方法で検討されることが多く、日産のVCRもこの方法である。 古くからあった可変圧縮比の発想 可変圧縮比のアイデア自体は、1920年代に英国の技術者ハリー・リカルド(Sir Harry Ralph Ricardo)によって提案されたとされている。リカルドは、現在世界的なエンジニアリング会社であり、エンジンサプライヤーでもある英国リカルド社の創始者である。 その後も多くの技術者が可変圧縮比の開発に取り組み、論文として発表されたり、試作を繰り返してきたが、これまで実用化された例はなく、エンジン技術者にとって永遠のテーマであり、また夢のエンジンとされてきた。 最近では、可変圧縮比機構として欧州のエンジニアリング会社の提案例がある。AVL社では、コンロッドの長さをバイクのフロントフォークのように特殊な油圧機構で伸縮させてピストンストロークを2段階に変更するVCR、またFFV社はピストンに繋がるコンロッドの小端部を偏心リンクを使って2段階に切り替えて、同様に圧縮比を2段階に変更するVCRがあるが、機構の複雑さや耐久性の課題のため実用化には至っていない。 日産独自の複合リンク式による可変圧縮比 日産は、2016年9月のパリモーターショーにおいて、可変圧縮比技術を採用した2L直4ターボエンジン“VC-T”を世界初公開し、世界に衝撃を与えた。 それから2年後の2018年に実用化された日産のVCR機構は、圧縮比の変更をピストンのストロークの長さ(上死点高さ)の変化で行なう。この機構を実現するのが、日産が独自に開発した複合リンク方式である。ピストンを支持し、クランクの回転運動をピストンの上下運動に変えるコンロッドの代わりに、3本のリンクをモーターによって巧妙に動かし、ピストンの上死点高さを連続的に変更するのだ。 VCRを初めて搭載したインフィニティQX50の場合は、ターボと組み合わせてVCRを使う。ノッキングしない一般路走行などの低~中負荷運転では燃費を良くするため高圧縮比14に、ノッキングが発生しやすい高負荷運転ではノックが発生しないように低圧縮比8に設定。その間の領域の圧縮比は8~14の間を、シームレスに変化させるのだ。 一方で複雑なリンク機構なのでフリクションが増える、耐久的に不利などの課題が考えられるが、日産は20年以上の歳月をかけてこれらの課題を克服したとしている。 ターボと組み合わせてインフィニティ「QX50」に搭載 日産の開発したVCRは2018年3月、北米向けインフィニティのクロスオーバーSUVである2代目「QX50」の2.0L直4 DOHCターボエンジンに採用。ターボエンジンと組み合わせているので、日産ではこのVCR機構をVC-Tと呼んでいる。 ターボエンジンは過給している分、燃焼温度が上がるのでノッキングしやすいため、一般的にはNA(無過給エンジン)に比べて圧縮比を下げる必要がある。これが、ターボエンジンがNAエンジンより燃費が悪い理由だが、ターボエンジンにVCRを組み合わせることでより大きな効果が期待できるのだ。 上記のように圧縮比を8~14に運転条件に応じて変化させることで熱効率は40%を達成し、従来エンジンに比べて燃費が27%、出力が10%向上したと発表している。 そして2022年には、人気の4代目「エクストレイル」に日産独自のシリーズハイブリッドe-POWERの発電用エンジンにVC-Tが採用された。エンジンは、1.5L直3 DOHC VCRエンジンにターボを搭載、最高出力144ps/最大トルク25.3kgを発揮し、圧縮比はQXと同様8~14の間に変化させている。最新のエンジン技術と電動化技術を融合した、新しいパワートレインである。 日産のVCR搭載「インフィニティQX-50」が誕生した2018年は、どんな年 2018年には日産「インフィニティQX-50」の他にも、三菱自動車のアウトランダーより少し小型のクロスオーバーSUV「エクリプスクロス」がデビューした。また、スズキの4代目「ジムニー」が20年ぶり、トヨタの3代目「センチュリー」が21年ぶりにフルモデルチェンジ。トヨタ初のコネクティッドカーとして15代目「クラウン」がデビューした。 同年6月の第86回ル・マン24時間レースで、TOYOTA GAZOO Racingの「TS050b HYBRID」が悲願の初優勝を飾った。11月には、日産自動車会長のカルロス・ゴーンが金融商品取引法違反の疑いで逮捕された。 自動車以外では、本庶佑氏がノーベル生理学・医学賞を受賞。歌手の安室奈美恵さんが引退、TikTokやタピオカが大流行した。また、ガソリン136円/L、缶ビール194円、コーヒー一杯474円、ラーメン564円、カレー718円、アンパン182円の時代だった。 ・・・・・・ VCR(可変圧縮比)エンジンを世界で初めて搭載した2代目「インフィニティQX50」および4代目「エクストレイル」。100年以上多くのエンジン技術者が成し得なかった可変圧縮比の開発に成功した、日本の歴史に残るクルマであることに間違いない。

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