それは58年目の無罪判決だった。1966年6月30日、静岡県清水市で起きた「袴田事件」──味噌製造会社の専務一家4人が犠牲となった強盗殺人放火事件の容疑者として従業員の袴田巖が逮捕される。当時30歳の元プロボクサーに「死刑」の裁きが下され、あまりにも長い拘禁生活が始まった。 2024年9月26日、裁判のやり直しを行う再審公判において静岡地裁は「証拠には3つの捏造がある」として、でっち上げを認定。88歳にして袴田の冤罪が証明された。半世紀以上にわたり弟を支えてきた姉・袴田ひで子や弁護団事務局長の小川秀世は、記者会見でよろこびを語った。 10月8日、検察は控訴を断念し、検事総長の畝本直美は不服を隠さない談話を発表。袴田事件についてはいくつものノンフィクションやテレビ番組、そしてドキュメンタリー映画が送り出されている。10月19日からは『拳と祈り 袴田巖の生涯』が東京・ユーロスペースなどで上映されており、全国のミニシアターで順次公開予定だ。 さかのぼること14年、2010年にも本件を扱ったドラマ仕立ての実録映画が公開されている。その名は『BOX 袴田事件 命とは』──萩原聖人と新井浩文によるダブル主演であり、これまたユーロスペースで上映された。 一審の死刑判決に関わりながら苦悩し、後年「無罪という確信」を告白した元裁判官・熊本典道を萩原が演じ、袴田巖には新井が扮した。映画『青い春』(02年)の不良役でブレイクした新井、その容姿は「ボクサーくずれ」という偏見を受ける役どころにぴったりであり、持ち前のナチュラルさとともに死への恐怖を体現した。 公開時の2010年は袴田の死刑判決が下されたままであり、再審が開始されて釈放されたのは4年後のこと。『BOX 袴田事件 命とは』というタイトルが示すように、人が人の命を裁くことへの疑義を呈した社会派映画であり、袴田の冤罪を主張した。 しかしDVD化されたのち各地で自主上映が続くものの、近ごろ主流の動画配信サービスに本作は見当たらない(10月20日現在)。いまこそ見返すべき映画ながらAmazon Prime Video、Netflix、U-NEXTほか、どこにも『BOX』はない。 さかのぼると2019年2月、袴田役の新井浩文が派遣マッサージ店の女性従業員に対する強制性交の容疑で逮捕されている。公私ともに際どい言動が持ち味の俳優が一線を踏み外したことが露見し、懲役4年の実刑が確定。逮捕直後には主演映画『善悪の屑』の公開中止が発表されるなど、関連作の配信停止や番組打ち切りが相次いだ(ただし現在まで配信中の作品も多数ある)。