「息子を病気から楽に…」苦悩の果て 老いた母はロープを首に 広島の殺害事件

広島市中区の川土手で息子=当時(55)=を絞殺したとして母親の被告(80)が殺人罪で起訴された事件は、発生から5日で1カ月になる。アルコール依存症や重度の記憶障害に苦しむ息子の将来を悲観した末の犯行とみられ、老いた家族の境遇も背景に透ける。捜査関係者や親族への取材を基に、事件をたどった。 白島九軒町の京橋川沿い。桜並木が続く道路下の土手は春、花見客でにぎわうが、今は人けがない。ゴールデンウイークの5月5日夕。2人はここに座り、近くで買った缶ビールを開けた。 被告は睡眠導入剤を分からないように飲ませ、意識を失った息子の首に持参したロープを巻き、時間をかけて絞めた。 2人は被告の夫(87)と3人暮らし。この日、息子は自宅で朝から「死んでもいいから酒を飲みたい」とせがんだ。被告は「今日は気が済むまで飲ませてあげる」と言い、2人でタクシーで出かけた。事件はその数時間後に起きた。 息子が依存症を患ったのは個人タクシーの運転手だった十数年前。入退院を繰り返し、被告は心臓に持病を抱えながら寄り添った。地域の断酒会にも息子は拒んだが、一人参加した。夜に酒を買いに出かけないよう見張るため、玄関前で寝袋を敷いて寝た。老いる身に労苦は重く、体重は35キロまで落ちた。 今年1月、家族を取り巻く環境は一段と厳しくなった。息子が救急搬送され、依存症に起因する記憶障害の発症が分かった。入院先の病院から「回復は難しい」と知らされた被告はわが身や夫の年齢を思い、息子が生涯暮らせる施設を探し回った。しかし見つからず、深く落胆した。 「自分が責任を負う」。被告は夫に「だめなら考えがある」とも伝え、5月2日に退院させて自宅に連れ帰った。その3日後―。夫はその日、胸騒ぎがして2人が出かけた後、タクシーで追った。1時間捜したが出会えなかった。「無事に帰ってきてくれ…」。その後、自宅を訪ねてきたのは警察官だった。 被告は犯行後、ロープを手に近くの交番に自首した。逮捕後の広島県警の調べに「息子を病気から楽にさせてあげたかった」との趣旨の供述をしている。親族は「決して許されることではないけど」と声を絞り、こう続けた。「母親としての責任感を一手に背負い込んだんだと思う」

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