村上春樹、柚木麻子、太宰治……米国での反響は? 紀伊國屋書店ニューヨーク本店店長に聞く、日本の書籍の売れ筋

日本文学が英語圏をはじめ世界各国で翻訳され、注目を集めている。世界中の多くのファンから新作が待望される村上春樹だけでなく、昨今は川上未映子、村田沙耶香、多和田葉子などの現代女性作家の作品が次々と翻訳され、海外の文学賞で受賞・ノミネートをするなど、ますます期待が高まりつつある。 なかでも最近は、柚木麻子の小説『BUTTER』が英国の文学賞「ブリティッシュ・ブック・アワード」のデビュー・フィクション部門などを受賞し、イギリスで40万部、アメリカで10万部を超えるほどのベストセラーとなった。 そうした文学をはじめとした日本の書籍は特にどのような動向が注目されているのだろう。筆者は米国ニューヨークにある紀伊國屋書店を訪れ、店長・永井泰伸氏に、現場を知る視点からの話を伺った。 紀伊國屋書店ニューヨーク本店は、マンハッタンの中心地・タイムズスクエアから徒歩ですぐの繁華街にある。日本語書籍や雑貨・文具などを扱う地下、英語書籍などを扱う1階、コミックを取り揃え、カフェも併設する2階の3フロア。客層はマンガ、アニメ、ポップカルチャーのファン、文学作品やアート・デザインの愛好者、観光客を含む州内外の家族連れが購入する児童書など、国内外・年齢を問わず幅広い層が来店するのだという。 永井店長に英訳された日本書籍の昨今の動向について尋ねると、一般書籍の一番の売れ筋は日本文学とのこと。内容は多様化し幅広くなっているのが近年の傾向で、その中では「癒し」と「文学」の二極化があると考察する。 「癒しの読み物が注目されています。例えば、猫小説やカフェや書店を舞台とした小説です。まず、猫が登場する物語の人気が高く、最近刊行されて話題となっている重松清さんの『ブランケット・キャッツ』や、 川村元気さんの『世界から猫が消えたなら』、石田祥さんの『猫を処方いたします。』などが反響が大きいです。 カフェに関連する書籍では川口俊和さんの『コーヒーが冷めないうちにが世界的なベストセラーになっていて、当店でも非常に売れています。また八木沢里志さんの『森崎書店の日々』などの書店が舞台の物語も根強い人気です」 なぜ「癒し」が求められているのだろう。 「コロナ禍がひとつの契機だったと思います。ステイホームの時に、家の過ごし方のひとつとして、本を読むことが注目されました。人々がストレスを抱える中、癒しが求められたという時代性がありました。また、猫に関していえば、そもそもこちらでは猫小説というもの自体が珍しいのかもしれません。先日、現地の大型書店チェーンでも、日本の猫小説フェアの棚が展開されていました。ひとつのジャンルとして注目されているようです」 同じく精神的な指針を求めるということでは、自己啓発関連の書籍はどうなのだろうか。文学と比べると需要は大きくないとしながらも、読者の関心について次のように指摘する。 「日本人のメンタリティーに根差した作品が注目される傾向があります。『IKIGAI』についての書籍は複数出版されており、関心の高さがうかがえます。『Kakeibo』つまり「家計簿」という本も出ていて、驚かされました。それが日本人のメンタリティーに根ざした節約術だという風に受け入れられているんです。 他には、日本能率協会マネジメントセンターが現地の出版社より刊行している書籍『マンガでやさしくわかる』シリーズも英語版が刊行されています。当店で発売時に大きく展開した際には反響が大きかったです。そもそも漫画でビジネスを学ぶといった形式の本がこちらにはありません。読みやすい新しい形式のビジネス書として受け入れられた印象です」 癒しや日本人のメンタリティーに人気が集まる一方で、同時に硬派な文学も注目を集めているのだという。米国で注目されるポイントについて次のように語る。 「文学はもともと強いジャンルでした。例えば、太宰治は非常に人気です。『人間失格』は『No Longer Human』という英題ですが、ピンクでシンプルな表紙がどこよく目立ち、当店でもロングセラーの1つです。若者も特に臆せず手に取っているんです。日本の読者からすると、太宰は近代文学の作家だという認識があると思いますが、こちらの読者からすると、日本の近代文学・現代文学を分け隔てなく、目新しい文学だと捉えて手に取っているようです。特に若い読者は『文豪ストレイドッグス』やTikTokなどのソーシャルメディアの影響で、近代文学の作家にも関心を持つことがあるようです」 海外人気の代表格・村上春樹の売れ行きはどうだろうか。 「村上春樹さんはもう誰もが知っている定番の存在となりました。今でも非常に人気です。去年の秋に新刊『街とその不確かな壁』の英訳版が発売された時には、店に『(日付の変わる)深夜から販売しないのですか』という問い合わせが来るほどで、発売が大ニュースだということを実感しました。物語の魅力に加え、原文の雰囲気を再現した文章もその人気の秘訣となっています」 そして、今、特に注目なのは、現代文学の女性作家たちだという。最新トレンドを追う読者たちが、新たな作品を求めて紀伊國屋書店を訪れている。イギリスの文学賞を受賞した『BUTTER』をはじめとした作品の反響について聞いた。 「柚木麻子さんの『BUTTER』は硬派な内容ですが、アメリカでも非常に人気です。どこの書店にも置いている印象があります。殺人の容疑で逮捕された梶井真奈子を、主人公の週刊誌記者の町田里佳が何度も訪ねていくが、次第に梶井の思考に引きずり込まれていく、というストーリー。サスペンスのような雰囲気が独特で、ルッキズムに対する鋭い洞察も物語の魅力を引き立てます。またこちらでは、作中の料理の描写が、物語とうまくミックスされているという評価もあるようです。柚木さんのほかにも、『コンビニ人間』の村田沙耶香さんや、小山田浩子さんなど、日本でのヒットからタイムリーに英訳出版される女性作家の文学が当地でも受け入れられる印象があります」 癒しや精神的な安らぎを求める読者には猫や書店、カフェをテーマにした物語が受け入れられ、文学好きの間ではより硬派な文学が浸透してきている。日本文学は、米国読者にとって異国の文学という枠を超えて、より身近な存在となってきているのかもしれない。新旧作品が並行して評価される中で、今後の日本文学の海外での展開には、ますます注目が集まりそうだ。

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