ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は当初、7月6~7日にブラジル南東部リオデジャネイロで開かれた新興国グループ「BRICS」首脳会議に出席する意向を示していた。だが、そこには落とし穴があった。戦争犯罪の容疑で逮捕され、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)に身柄を引き渡される可能性があったのだ。 同裁判所はすでにプーチン大統領に対する逮捕状を発行しており、ICCの加盟国であるブラジルには、国際指名手配されている人物が自国領土に足を踏み入れた場合、拘束する義務がある。 今回の首脳会議に先立ち、ロシア大統領府(クレムリン)はブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領に対し、訪問中のプーチン大統領を拘束しないことを保証するよう圧力をかけたとの報道もある。これに対し、ルラ大統領は熟考の末、免責特権の付与を拒否したと、米シンクタンク大西洋評議会のピーター・ディッキンソンは語る。 筆者の取材に応じたディッキンソンは、ICCはプーチン大統領に対し、ウクライナ国境を越えて連れ去られた数万人のウクライナの子どもたちの拉致を命じたとして訴追する準備を進めていると説明。子どもたちは親ロシア派のプロパガンダで洗脳されているという。ディッキンソンは、こうした大量誘拐は国連の条約で禁じられている「ジェノサイド(集団殺害)」の一種と見なされる可能性が高いとみている。 プーチン大統領は、少なくともロシア国内の捕らわれた国民にとっては、拡大する帝国を率いる全能の支配者という印象を与えている。だが、国際舞台では、2022年に戦車と軍隊を動員して親欧米路線を取る隣国のウクライナに侵攻して以降、同大統領の行動に対する制限が強まっている。ロシア軍がウクライナの病院や重要な歴史的建造物に対する空爆を開始すると、欧州連合(EU)、英国、スイス、カナダ、米国は直ちに自国の領空をロシアの航空機が飛行することを禁止する制裁を科した。 現在、ICCの加盟国は世界125カ国に及んでおり、プーチン大統領はこれらの国に渡航することができない。ディッキンソンによると、この渡航禁止措置に対するクレムリンの怒りは2年前、南アフリカで開催されたBRICS首脳会議の前夜に爆発したという。クレムリンは南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領に対し、訪問中のプーチン大統領を拘束するいかなる動きも戦争行為と見なすと脅したのだ。 この衝撃的な事実が明るみに出たきっかけは、ラマポーザ大統領が首都プレトリアの高等法院で永久に封印されることになるだろうと信じていた証言の中で、クレムリンの脅迫内容を明らかにしたことだ。同大統領は宣誓供述書で「ロシアは、現職の大統領を拘束することは宣戦布告となると明言した。同国との戦争に突入する危険を冒すことは、わが国の憲法に反する」と述べた。ラマポーザ大統領の反対にもかかわらず、裁判所がこの供述を公表したことで、プーチン大統領が友好国や中立国に対しても武力による外交を行っている様子を世界が垣間見ることとなった。この供述が世界に衝撃を与えたことで、クレムリンはプーチン大統領を同首脳会議に出席させる試みを断念した。