佐賀県伊万里市の民家で母娘が殺傷された事件は2日で発生から1週間。強盗殺人容疑などで逮捕されたのは近くの食品加工工場に勤めるベトナム人の技能実習生だった。少子高齢化と人口減少に悩む佐賀県では積極的に外国人を受け入れ、共生社会の実現に向けた取り組みも進んでいただけに、地域に悲しみと落胆が広がっている。 事件は7月26日午後4時20分ごろ、伊万里市東山代町長浜の民家で起きた。勤務地の中国から一時帰国していた日本語講師、椋本舞子さん(40)が刃物で切りつけられて死亡し、70代の母親も首などを切りつけられて負傷した。 佐賀県警は翌27日、現場近くの寮に住むベトナム人の技能実習生、ダム・ズイ・カン容疑者(24)を強盗殺人と住居侵入の容疑で逮捕。玄関から侵入し、椋本さんを脅して現金1万1000円を奪った上、ナイフで首などを切りつけて殺害した疑いが持たれている。県警によると、「何も話したくない」と述べて容疑を否認している。母親は「(ダム容疑者と)面識はなかった」と話し、県警が動機の解明を進めている。 ◇不安吐露する住民も 「ここに外国人が住み続けるのは、怖い」。事件後、現場近くに住む70代の女性は言う。ダム容疑者は現場から40メートルほどしか離れていない寮で他の技能実習生らと暮らし、約1キロ先にある海辺の食品加工工場に通勤していた。「寮に住む人たちと片言の日本語で会話したこともあるが、最近はあいさつをしなくなった」と女性は不安を吐露する。 同工場を運営する「JAフーズさが」(佐賀市)や、受け入れを仲介した監理団体によると、ダム容疑者は2023年12月に来日。監理団体の下で約1カ月間、日本語や日本での生活の指導を受けた後、現在の工場に配属され、鶏肉処理の業務に従事していた。 工場にはベトナム人技能実習生約20人が勤務。ダム容疑者は内向的でおとなしく、職場や同僚ともめるようなこともなかった。監理団体は月1回面談しており、7月中旬の面談でも変わった様子はなく、賃金への不満や金銭トラブルも確認されていないという。 事件当日、ダム容疑者は休みの予定だったが、勤務に変更となり、昼ごろまで工場で働いた。特に変わった様子はなかったが、その数時間後、事件が起きた。現場から逃走後、寮に戻ったとみられるダム容疑者。監理団体の担当者は「無遅刻無欠勤で真面目だったのに」と戸惑いを隠さない。 事件の余波は、外国人との共生社会づくりに取り組んできた関係者の間にも広がっている。人口減少が30年近く続く佐賀県では、不足する労働力を外国人が補ってきた。23年に28年ぶりに転入者が転出者を上回る「社会増」となったのも外国人増加が要因だった。 県内の在留外国人は1月時点で1万1172人に上り、過去最多だ。事件が起きた伊万里市は全国有数の焼き物の町として知られるが、900人を超える在留外国人が暮らし、技能実習生を受け入れる造船所や工場も複数ある。 こうした状況から、地域では官民による多文化共生の取り組みも進められてきた。13年に始まった「日本語教室いまり」では、ボランティアらが外国人向けの日本語教室を定期開催。着物の着付け体験など地域や文化になじんでもらう催しも企画してきた。 ◇「事件は止められなかったのか」 教室の代表を務める中村章さん(66)は「大変痛ましい事件。逮捕されたのが外国人だったのがショックだった」と落胆した。多くの外国人が真面目に働き、つましい生活の中で母国に仕送りをする姿を見てきたといい、「困った時には相談できる関係を作ろうとしてきた。事件は止められなかったのか。背景を知りたい」と話した。 全国の在留外国人は24年末時点で約377万人と過去最多を更新し、近い将来、人口の10%に達するとの推計もある。外国人が増える中で起きる事件にどう向き合えばいいのか。 移民問題に詳しい名城大の近藤敦教授(憲法学)は「事件の動機や背景が分からない段階で、国籍や属性、見た目で分類して犯罪の傾向を判断するのは偏見や差別につながる」と指摘。統計上は外国人の検挙件数は減少傾向にあることを挙げ、「不安に思う気持ちは分かるが、外国人は今後も増える。不安を和らげるには外国人住民に言葉や文化をよく理解してもらい、地域でつながりを作る必要がある。国を挙げた取り組みが必要だ」と語る。【平川昌範、成松秋穂】