黒スーツの金建希氏“16の疑惑”に沈黙…韓国前大統領夫妻に迫る「史上初、同時拘束」包囲網

韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の妻・金建希(キム・ゴンヒ)氏が拘束の危機に直面している。特別検察が金建希氏への聴取翌日に、拘束令状をスピード請求したのだ。 史上初となる前大統領夫妻の同時拘束は実現するのか。令状審査の8月12日は前ファーストレディの運命を左右する長い一日となりそうだ。 ◆約11時間に及ぶ聴取 特別検察は、8月6日に金建希氏に出頭を要請し、約11時間に及ぶ聴取を実施した。 金建希氏をめぐっては、株価操作や公認候補選びへの介入、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)幹部から高級バッグやダイヤモンドのネックレスなどを受け取り、便宜を図るよう依頼された疑いなど16件の疑惑が持たれている。 金建希氏はこの日、黒のスーツに白のブラウス、黒のバックに黒のパンプスというオールブラックの装い。髪をポニーテールにし節目がちに特別検察の事務所に入った。 特別検察による前大統領夫人の公開召喚は初めてで、記者の質問を受けるフォトラインも設定された。金氏はごく短いコメントを発表した。 「私のような何者でもない人間が国民の皆さまにご心配をかけて申し訳ない。調査をしっかり受けてきます」 個別の疑惑に関する記者の質問には無言のままだった。 取り調べの中で金建希氏は陳述を拒否することはなかったものの、ほとんどの質問に対し「知らない」「おぼえていない」と答え、全ての疑惑を否定したとされる。 しかし、特別検察側は聴取の翌日(7日)、異例の速さで金建希氏の拘束令状を申請した。容疑は資本市場法違反、政治資金法違反、あっせん収賄の3つとなる。 3つの容疑に絞ったのは、金建希氏が関与したことを示す証拠があり、拘束の必要性を立証できると判断したためとみられている。 特別検察は聴取の中で物証と金建希氏の供述を照らし合わせ、その食い違いを浮き彫りにした。 金建希氏が「偽証」したり、「嘘をついている」可能性が高まれば、証拠隠滅に問えるからだ。金建希氏の健康悪化も逃亡の恐れにつながると見なされている。 6月中旬、金建希氏はうつ病治療のためとして病院に10日余り入院し、退院後も通院治療を続けている。特別検察は裁判所に提出した令状請求書で、「金建希氏が病院に入院するなど逃走したり行方をくらます恐れがある」と指摘した。 最終的な金建希氏の身柄拘束には、事件の重大性や証拠隠滅、逃亡の恐れなどの要件が満たされる必要があるが、特別検察側は「法が定めた拘束令状要件が全て充足されると判断した」と自信を示している。 ◆旧統一教会疑惑でも新物証 旧統一教会からのあっせん収賄疑惑でも新たな証拠が見つかった。 教団側は金建希氏との仲介役だった政治ブローカー兼占い師に、2000万ウォン(約210万円)相当のシャネルのバッグ2個と高麗人参濃縮茶、6000万ウォン(約630万円)相当のダイヤのネックレスなどを託したとされる。 これまで占い師は「ネックレスは失くした」と主張し、金建希氏に渡したことを強く否認してきたが、この主張が覆された。占い師が教団の元幹部(当時は世界本部長)に「ネックレスを渡した」と報告する携帯メールの存在が明らかになったのだ。 「頼まれた物を女史(金建希氏)にちゃんと渡した」 「女史がネックレスをもらって(ダイヤが)大きいので驚いた」 また、特別検察側は「受け渡し」報告メールに加え、同じ時期に尹前大統領の自宅があるマンションに占い師が出入りした記録も提示し、金建希氏を追及した。 この他にも、金建希氏が旧統一教会側の元幹部に電話し、贈り物に「感謝する」と伝えた録音ファイルも見つかっている。 「これが韓鶴子(旧統一教総裁)が食べる高麗人参か。 体が自然に良くなるようだ」 「元幹部がいなければ、私がいつこれ(人参)を食べるだろうか」 金建希氏はこう述べ、感謝の意を伝えたとされる。 一方、金建希氏は聴取の中で、自身は高麗人参が食べられない体質だとし、実際には受け取っていないが、儀礼上、そのように話したと釈明したという。 占い師が自宅マンションを訪れたとされる日には、尹前大統領と休暇に出かけていたと面会を否定したが、金建希氏に対する包囲網は急速に狭まりつつある。 ◆権力の頂点「V0」から暗転 旧統一教会による金建希氏への「贈り物」は、教団の事業に便宜を図ってもらうための見返りと見られている。 教団元幹部は請託禁止法違反などの疑いで7月末に既に逮捕されている。元幹部はこれまでの調べで、「贈り物」はカンボジアでの教団事業に対する便宜供与を受けるためであり、韓鶴子総裁の決裁を受けたものだと供述したとされる。 教団側は「元幹部が個人的にしたことで、教団とは一切関係がない」と否定しているが、特別検察は韓鶴子総裁の秘書を取り調べるなど教団の関与についても調べを進めている。 教団の請託疑惑について特別検察は、尹前大統領があっせん収賄容疑の共犯にあたると見ている。教団の「贈り物」が、尹前大統領も含めた夫妻への「請託」の性格を持っているためだ。だが、教団側に具体的な支援があったのかは、これまでのところ明らかにされていない。 金建希氏の拘束令状に対する実質審査は12日午前10時10分に予定されている。拘束令状が発付されるか否かの判断は早くても12日夜以降、13日未明までかかる見通しだ。尹前大統領は既にソウル拘置所に収容されており、金建希氏が拘束されれば、前職大統領夫妻が同時に拘束される初めての事例となる。 韓国では最高権力者である大統領を「ナンバー1 VIP」の意味で「V1」と呼ぶという。尹前政権で金建希氏は「V1」を超える「V0」と呼ばれるほどの威勢を手にしたと言われる。権力の頂点から一転、拘置所収監の屈辱にまみえるのか。金建希氏に運命の時が迫っている。 (フジテレビ客員解説委員、甲南女子大学准教授 鴨下ひろみ)

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