「ルフィ強盗団」最高幹部がただの詐欺グループが凶悪犯罪に手を染めた衝撃の理由を「獄中から告白」

両腕には龍、足には星と「8」の文字。緑のセットアップの袖から、身体に刻まれた入れ墨が時折、姿を覗かせる。東京拘置所の面会室で対面したその男は、判決を待つ身とは思えないほど軽妙な語り口でこう切り出した。 「『闇バイト』という造語の発案者は私です。キャッチーで、若者が飛びつきやすい言葉を選んだ。その後、警察官を名乗る詐欺を日本で爆発的に広めたのは、ボスを含めた私たちのグループですよ」 男の名は、小島智信(とものぶ)(47)。’22年から’23年にかけて日本中を震撼させた「ルフィ広域強盗事件」犯行グループの最高幹部である。 小島被告は’18年、同じく広域強盗事件に関わったとして逮捕された渡辺優樹被告(41)をトップとする詐欺グループにかけ子として加入した。その後、小島被告は回収役や金庫番として詐欺グループ内でのし上がっていく。 リクルーターとしても詐欺では「8(エイト)」、広域強盗では「白鳥たつひこ」といった偽名のSNSアカウントで実行犯を募り、強盗を計画した同幹部の今村磨人(きよと)被告(41)や藤田聖也(としや)被告(41)に紹介していた。 7月に東京地裁で開廷した彼の裁判は、「ルフィ」幹部初の公判として注目を集めた。小島被告は三つの事件の強盗致傷幇助や、10件の特殊詐欺事件で詐欺などの罪に問われ、判決は懲役20年(8月4日に控訴)。公判では、同じくグループの幹部である藤田被告も出廷し、小島被告と真っ向から対立する主張が展開された。幹部同士の関係性や事件に伴う興味深い証言も飛び交った。 筆者は早い段階で、渡辺、今村の両被告が強盗事件に関して黙秘を貫いていることを関係者筋から確認していた。事件の全貌を知るためには残る幹部の小島、藤田両被告の証言を得る必要があった。 1年近い交渉の結果、「1社・1人にすべてを話す」という条件で小島被告と面会が叶った。冒頭のやり取りは公判中の7月中旬のものだ。以降、8度の面会、120枚近い手紙のやり取りを重ねてきた。 小島被告の口から語られたのは、詐欺グループの全貌と強盗事件に至った動機や経緯、幹部たちの複雑な人間模様とビクータン収容所内での異常な生活、犯罪で得たカネを海外の犯罪組織に奪い取られたこと、そして黒幕と報道された「JPドラゴン」との″本当の関係″など多岐にわたった。 彼が紡ぐ物語はあまりに奇怪で、本連載で触れるのはそのごく一部だ。小島被告は筆者に取材を受ける理由を説明することもあった。 ◆「私はあくまで″詐欺師″」 「帰国初日から取り調べに全面協力してきたのは後悔の気持ちからです。私にできる贖罪はすべてを証言することだと心から思っています。そして『私はルフィの一味でない』ことを世の中に伝えたかった。私はあくまで″詐欺師″なのです」 そして淡々とこうも続けた。 「あんな粗雑な強盗計画で人まで死なせてしまい(狛江事件)、被害者の方に対する申し訳なさが湧き上がると同時に、他の幹部は何をやっていたんだ、とも考えてしまいます。私は″渡辺教″の信者でしたが、強盗への関与を知り見切りをつけた。強制送還が決まったとき、ボス(渡辺被告)は死のうとしていました」 本稿は特殊詐欺グループが強盗団へ変遷していくさまを最高幹部の視点で詳(つまび)らかにした、稀代の犯罪組織の記録である。 出身地は北海道・室蘭市。小島被告は’77年12月10日にタクシードライバーの父と、歯科衛生士の母の間に生まれ、一つ年上の姉と共に育った。8歳の時、両親の離婚を機に家庭の風景が一変する。 ギャンブル好きな父と、内縁の妻との暮らしは水が合わず、非行に走る。13歳の時に窃盗で逮捕されると、父に見放されて養護施設へ。そこは、職員による体罰や入所者同士の暴力が横行する劣悪な環境だった。 入所直後、いきなり職員から100発ビンタを喰らった。極寒の日に体育館で寝かされたりもした。床に大の字に寝そべった状態で二段ベッドの上から物を投げつけられる『人間ダーツ』や、バスケットゴールのリングに身体を叩き込まれる『人間ダンク』など強烈な暴力もあった。 あれほどひどい環境は刑務所でも経験したことがなく、今でも忘れられません。ですが、犯罪に手を染めたのは環境が原因ではありません。あくまで私の責任です。母や姉は生きているかどうかも分かりません。父とはお金の無心をされたのを最後に縁を切りました。 施設を出て地元の商業高校へ進学するも、わずか半年ほどで自主退学。その後、日高町の牧場で働き、地方競馬の厩務員となったが、17歳の時に人身事故を起こし少年院へ送られた。 『FRIDAY』2025年9月5日号より 取材・文:栗田 シメイ(ノンフィクションライター)

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