強い揺さぶりなどで脳が損傷する「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」。起訴された事件の99%以上が有罪となる日本において、10年ほど前から無罪判決が相次いでいるのが、こうした症状を理由に親などが虐待を疑われたケースだ。無罪判決では事故や内因性疾患が原因だった可能性などが指摘されてきた。「虐待を許さない」という〝正義〟が行き過ぎた結果、冤罪(えんざい)が生まれたのではないか-。一連の問題をこうとらえた記者によるドキュメンタリー映画が、全国で公開されている。 映画「揺さぶられる正義」(東風配給)を監督したのは、関西テレビの上田大輔記者(46)。社内弁護士として入局し、7年後に記者に転身した異色の経歴の持ち主だ。かつては刑事弁護士を志した上田さんが記者1年目の平成29年、偶然取材を始めたのがSBS問題だった。 ■徴候あれば虐待…国の単線的理論 当時の厚生労働省の「子ども虐待対応の手引き」では、①硬膜下血腫②眼底出血③脳実質損傷-の3つの症状(徴候)がSBSの特徴とされた。これらは転倒といった事故では生じないとし、3徴候があれば激しく揺さぶるなどの虐待があったと疑うよう求めていた。 「3徴候=虐待」ともいえるSBS理論に基づく立件が全国で続き、特に大阪での多さが目立つ中、上田さんが違和感を抱いたのは、3徴候を生じさせるとされていた「1秒間に3往復」という揺さぶりの強さ。「珍しい暴行の形。同じような事件が多いのは変だ」と感じたという。 医師への取材では「虐待を見逃さないために、冤罪が入ったとしても仕方ない」という言葉も聞いた。冤罪をなくそうとする弁護士らの正義と、虐待をなくそうとする正義-。SBS問題では2つの正義が交錯しているという視点を持つようになった上田さんは、映画の中で無罪判決を受けた4つの家族を取り上げる。 ■卒園式限りの家族の再会 その1つが、生後2カ月の長男の体調が急変した直後の29年12月から取材を続ける一家。長男に3徴候が見つかって児童相談所が一時保護し、30年10月に父親が逮捕された。傷害罪で起訴後に保釈されたが、妻や一時保護が解除された長男との接触は禁止された。逮捕から1年半後、長女の卒園式に限って家族4人の再会が許された。 園の外で自らカメラを回した上田さんが目にしたのは、家族と抱き合い、成長したわが子とのわずかな時間をかみしめる父親の姿だった。普段の様子を見ずに、長期間にわたって家族関係をを引き裂くような、そんな刑事司法や児相の判断に疑問を感じ、「これが本当に『子供のため』になるのか」と思わざるを得なかった。父親は令和5年3月、大阪地裁で無罪となり、確定した。