「年を取らない娘」と今年もタイへ 時効まで2年、父を支える言葉

「まさか犯人が見つかるまで、こんなに時間がかかるとは思わなかった」。川下康明さん(77)=大阪在住=はそう語る。旅行先のタイで娘の智子さん(当時27歳)が殺害されて18年。今年も命日に合わせて現地を訪れた。 智子さんは2007年11月25日、タイ北部の世界遺産「スコータイ歴史公園」で、刃物で首などを刺されて死亡しているのが見つかった。所属劇団の旗揚げ公演を終え、タイやラオスを巡る一人旅の最中だった。 出発の日の光景は今も鮮明だ。康明さんは趣味の居合道の大会に出場するため、先に出かける準備をしていた。ベッドに座る智子さんに、「気をつけて行ってこいよ」と声をかけると、「はーい」と明るく返ってきた。「可愛らしい声で……あれが最後でした」 事件の一報を受け、急いでタイに向かい遺体と対面した。「もう二度と来ることはない」と思ったが、翌年、智子さんの友人に誘われ、夫妻で再訪することを決意。それ以来、タイへの訪問は今回で13回目となった。 これまでに、智子さんが巡った旅路をたどり、ラオスにも足を延ばした。タイ西部の観光地カンチャナブリや古都アユタヤ、さらには、智子さんが卒業証書をもらったという象使いの学校も訪れた。 現場に残されたDNA型などを手掛かりにタイ当局の捜査は続いているが、容疑者特定には至っていない。タイで殺人事件の時効が成立するまで残り2年。発生から10年近くが過ぎた頃から時効の壁を意識するようになり、近年はタイ政府に対して撤廃を求めてきた。 支えになっているのは、日本で時効廃止を実現させた殺人事件遺族の会の関係者が語った「動けば風が起こる」という言葉だ。 今回の渡航直前には、名古屋市で26年前に発生した事件の容疑者が逮捕された。光明ではあったが、「遺族にとって、時効があるかないかは天と地ほど違う。どれだけ時間がたっても、犯した罪の償いはすべきだ」と語る。 智子さんの写真を定期入れに忍ばせ、肌身離さず持ち歩く。ラオスの世界遺産ルアンプラバンでメコン川下りをした後、グラスを掲げて笑う一枚だ。「いい笑顔なんです」 一方、鏡に映る自分は随分と年を取ったと思う。「タイで毎年のように会う関係者もそう。でも、写真の中の智子は全く変わらない」。流れる歳月を感じつつも、事件が解決する日まで活動を続けるつもりだ。【バンコク国本愛】

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