本書は昭和20年8月15日に始まる、「戦犯たちの戦後史」である。それも、戦争指導者であったA級戦犯よりも、捕虜を虐待したなどの罪に問われたBC級の軍人たちに頁が割かれる。 絞首刑になった東條英機など「A級戦犯」たちは、社会的地位が高かったのでよく知られている。しかし数では、BC級戦犯のほうが圧倒的に多い。A級戦犯容疑者として逮捕されたのは100名前後で、内28名が起訴され、7名が絞首刑となったが、BC級は2万5000名以上が逮捕され、起訴されたのは5700名で、920名に死刑が執行され、無期刑・有期刑合わせて約3500名がスガモプリズンに入れられた。 本書の帯に「第二次大戦、最後の空白の頁」とあるように、BC級戦犯は戦後史のなかで抜け落ちていた人びとだ。その全体像がコンパクトな新書にまとめられ、関連年表をはじめ、データも多く、戦犯問題の入門書的役割も持つ。 戦犯たちが逮捕・起訴され、裁判を受けるまでの過程や、スガモプリズンでどういう扱いをされていたかという「大きな歴史」を記述するのにあたり、著者は何名もの戦犯の発言を引用していき、無味乾燥なデータが並ぶ歴史書ではなく、生きた人間たちの思いが伝わる本にしている。 著者が焦点を当てるのは「塀の中」でのおもしろおかしいエピソードではなく、戦犯とされた人々が、自分のしたこと、軍や戦争についての思い、どう反省したのか・していないのかという点だ。これはまさに人それぞれで単純ではない。いくつかの具体的な事例があげられているが、そのほんの僅かの例だけでも、この問題の深さと複雑さ、戦争と軍の理不尽さが分かる。 著者の内海愛子は、朝鮮人BC級戦犯の問題の専門家なので、この本でも植民地支配下で「日本兵」として戦い、戦争責任が問われた朝鮮人についても書かれている。もっとも不条理な立場に置かれた人たちだ。 スガモプリズンは民主主義の国であるアメリカの管理下にあったので、戦犯たちは囚われの身ではあるが、一種の自治が認められていた。新聞も発行され、勉強会も開かれ「スガモ学園」と呼ばれていたことなど、「塀の中」と言っても、一般の刑務所とはだいぶ違う様子が分かる。 BC級戦犯たちの多くは、「上から命じられた」立場なのに、罪に問われた。彼らのやったことは悪いのだが、気の毒でもある。戦後も、BC級戦犯たちは戦争という理不尽さと不条理のなかにいたのだ。一方で、A級戦犯容疑者のひとりは総理大臣になった。 戦後、汚職事件や企業犯罪が起きるたびに、逮捕され有罪になるのは上から命じられていた人で、命じた上の人は逃げ切ることが多い。そういう意味でも、BC級戦犯たちの置かれた立場は「他人事ではない」と、実感させられた。 うつみあいこ/1941年生まれ、東京都出身。歴史社会学者。恵泉女学園大学名誉教授。著書に『戦後補償から考える日本とアジア』、『朝鮮人BC級戦犯の記録』、『7人の戦争アーカイブ』(編)、『体験者「ゼロ」時代の戦争責任論』(共著)など。 なかがわゆうすけ/1960年生まれ。作家、編集者。著書に『巣鴨プリズンから帰ってきた男たち』『昭和20年8月15日』など。