事件は“取調室”で起きている!言葉を武器に真実に迫る「緊急取調室」12年の軌跡をプレイバック

特別取調室を舞台に、専門チーム「緊急事案対応取調班(通称:キントリ)」メンバーの活躍を描くドラマ「緊急取調室」。密室で行われるキントリメンバーと被疑者たちによる駆け引きや心理戦が話題を呼び、これまでに5シリーズが作られた人気作として不動の地位を確立した。そんな本シリーズのフィナーレとなる『劇場版「緊急取調室 THE FINAL」』が、12月26日についに封切りに。本稿では、シリーズ12年の集大成となる劇場版の公開にあわせ、刑事ドラマの新章を開いた同作の魅力を改めて振り返っていく。 ■取調室の可視化を目的とした新チーム“キントリ” 「緊急取調室」の第1シーズンが放送されたのは2014年1月クール。12年も続くシリーズの幕開けとなる第1話はバス立てこもり現場から始まる。SIT(特殊犯捜査係)主任の真壁有希子(天海祐希)は、説得中に犯人が狙撃された騒動の責任をとり、新設された取調専門チーム、緊急事案対応取調班に配属されることとなる。 “取調べ”の目的とは、被疑者の自白や参考人の供述を得ることで、立件するかどうかの判断につなげること。しかし、密室である取調室では、たびたび発生する過剰な取調べによる冤罪事件が相次ぎ、自白偏重の取調べに対する世間の風当たりが強くなっていた。そんな事態に対処するべく、可視化設備の整った特別取調室で厄介な凶悪犯たちを落とすために結成されたのがキントリだった。 ■シーズンを重ねるごとに拡大していく“キントリファミリー” キントリのレギュラーメンバーは、12年の歴史のなかでマイナーチェンジを繰り返してきた。有希子と、小石川春夫(小日向文世)、菱本進(でんでん)、彼らを束ねる管理官の梶山勝利(田中哲司)はシリーズを通して出演。発足メンバーの中田善次郎(大杉漣)は「緊急取調室 SECOND SEASON」をもって退職し、「緊急取調室 3rd SEASON」からは塚地武雅演じる画像解析のエキスパート、玉垣松夫が後任として加入した。 「緊急取調室 4th SEASON」をもって解散したキントリだったが、2022年の新春ドラマスペシャル「緊急取調室 特別招集2022~8億円のお年玉~」で副総監の磐城(大倉孝二)に招集されて再集結。運転免許試験場に異動した菱本と警察学校の教官になった小石川に代わり、捜査第一課から生駒亜美(比嘉愛未)と酒井寅三(野間口徹)が加わった。2025年10月より放送が始まった「緊急取調室 5th SEASON」では臨時運用という形で再び菱本と小石川が復帰している。 キントリに協力する捜査第一課一係の刑事、監物大二郎(鈴木浩介)と渡辺鉄次(速水もこみち)からなる“もつなべ”コンビは、キントリの準レギュラーといえる存在だ。「パシリじゃない」とぼやきながらもキントリメンバーの捜査に協力し、現場百遍の執念で被疑者を検挙する。そこに、中田の息子である山上善春(工藤阿須加)も加わるなど、シーズンを重ねるごとに“キントリファミリー”は拡大している。 ■シリーズの醍醐味は緊迫感あふれる取調べシーン 「緊急取調室」は、一般的な刑事ドラマのフォーマットから外れている。従来の刑事ドラマが、事件発生、捜査、逮捕、取調べという流れであるのに対し、キントリの場合、取調べがドラマのクライマックスになっているのが特徴だ。 外回りの捜査をもつなべコンビに丸投げしてまで描きたいのが、取調べシーンである。被疑者の場合、逮捕から送検までに与えられた時間は48時間。この時間制限に「密室」という状況が拍車をかける。ただし、“密室”という表現については注釈が必要だ。密室でありつつも取調べは常時録画され、必要に応じて公開される。衆人環視の密室で進行するタイムリミットサスペンスが、「緊急取調室」の核なのだ。 有希子たちは、あらゆる交渉テクニックを駆使し、感情と論理で相手を揺さぶる。なだめすかし、身ぶり手ぶりを交え、不敵な笑みで挑発することもあれば、穏やかにこんこんと諭すこともある。連係プレーを用いた泣き落としも手段のうちだ。 それでも口を開かない被疑者と、真実を引きだそうとするキントリメンバーの緊迫した会話劇が本作の見どころ。一点突破の気迫と集中力がみなぎる取調室の空気は、観る者をつかんで離さない。刑事ドラマ史の名台詞「事件は現場で起きてるんだ」を借りるなら、「事件は取調室で起きている」ことになるだろう。 ■取調べシーンで生まれた「緊急取調室」の名場面 キントリ12年の歴史で数々の名場面が生まれたが、そのほとんどが取調べシーンだ。例えば、第1シーズン第3話で、嘘の自供を繰り返す夫殺しの嫌疑がかかる利香(安達祐実)。涙を流しながら有希子をなじり、“一番弱いところを突いてくる”利香は、嘘でできた仮面をつけているようだった。利香の嘘に振り回されながらも二重三重の心理戦を繰り広げ、最終的に彼女のガードを解除する有希子の言葉に胸を打たれた。 ほかにも、警官から拳銃を強奪した2人組の男、久保寺(鶴見辰吾)と、殉職した有希子の夫にそっくりな峰岸(眞島秀和)の関係が焦点となった「緊急取調室 SECOND SEASON」の第8話と最終話。拳銃強奪事件および連続狙撃事件の被疑者となった彼らだったが、捜査を進めるうちにキントリの面々は5年前に起きたストーカー放火殺人事件へとたどり着く。当時の事件の被害者家族と加害者家族が協力するという想定外の展開を通じ、家族を失った有希子と峰岸が憎しみの連鎖を止める姿は、涙なしに観ることができない。 「緊急取調室 3rd SEASON」では、演技派女優の怪演に注目が集まった。警視庁初の女性刑事部参事官に扮した浅野温子、カリスマトレーダーを裏で操る女を演じた仙道敦子をはじめ、松本まりか、倉科カナら錚々たる面々が登場。有希子との攻防戦の末に明らかになる、事情を抱えた彼女たちの驚愕の事実に息をのんだ。特に、第1話冒頭で登場し最終話で再登場した、キントリが落とすことのできなかった被疑者、北山未亜(吉川愛)が抱える闇は、人間心理の底知れなさを表しているようだった。 第1シーズンより脚本を手掛けてきた井上由美子が再び脚本を担当した「緊急取調室 4th SEASON」は、「これぞキントリ」といえるエピソードが連なる。人々の生活を見守るAIロボットが真実を知る第5話や、通販会社の物流センターで働く主婦たちの連帯を描いた第8話は、過去のモチーフを発展させつつ「いま」を描く姿勢が明瞭だった。 なかでも強烈な印象を残したのが、桃井かおり演じる大國塔子だろう。第1話と第2話に被疑者として登場しただけでなく、最終話で展開するストーリーの鍵を握る人物だ。政治家の汚職疑惑を糾弾しようと、飛行機ハイジャックを起こした大國。一見すると時代遅れに思える彼女の主義主張は、時勢に鋭く斬り込み、私たちが生きる社会の真実を突き付ける名エピソードとなった。 そして先日最終話を迎えた「緊急取調室 5th SEASON」では、物語の熱量は最高潮に。キントリの聖域なき取調べはタブーを排し、山本耕史演じる車いすのニュースキャスター倉持にも、一人の人間として対峙する。覚悟を決めて取調べに臨み相手の心の扉を開くことは、シーズンを重ねても容易ではない。入り組んだ真相は人間の心そのものであり、有希子たちは言葉を武器に真実に迫る。 本シリーズの集大成を飾る『劇場版「緊急取調室 THE FINAL」』では、キントリメンバーが内閣総理大臣の取調べに挑むことに。超大型台風の連続発生という非常事態のなか、総理大臣である長内(石丸幹二)は災害対策会議に10分遅れで姿を現した。その「空白の10分」を糾弾する暴漢、森下(佐々木蔵之介)によって、総理大臣襲撃事件が発生。事件の解決に向けて緊急招集されたキントリは早速取調べを開始するが、森下は犯行動機をいっさい語ろうとせず、“取調室に総理大臣を連れてこい”という要求を繰り返すばかり。そんななか、長内にとある疑惑が浮かび上がったことをきっかけに、有希子は彼の事情聴取を行おうと動き始める…。 心の奥底を探る芝居は、演じる側の力量がなにより問われる。一方の手を握り、笑みを浮かべながら、もう片方の手で斬り合う主人公を演じるのに、天海以外のキャストは考えられない。天海が体現するのは人間に対する深い理解と共感で、狭い取調室を人間ドラマの舞台に変える。誰もが胸に秘めた真実があり、私たち自身が問われ、そして許されることを望んでいる。 そんな真実が明らかになる瞬間を映した「緊急取調室」が愛される理由はここにある。 文/石河コウヘイ

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